劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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爺さんとの面談はカットで……


九島本家

 生駒の九島家に到着したのは、ほぼ予定通りの十七時五十五分。コミューターを降りて呼び鈴を鳴らすと、インターホンに出たのは意外なことに響子だった。

 

「いらっしゃい、達也くん。深雪さんも水波ちゃんも、よく来てくれたわね」

 

「すみません、わざわざお付き合いいただいて」

 

「そんなに気にしないの。さぁ、遠慮なく入ってちょうだい」

 

 

 門の外から見れば、豪華ではあるがそれ以上の異常な点は無い三階建ての洋風建築。だが一歩門の中に入れば、招かれざる客を拒む絡繰り屋敷。あるいは城塞建築が本格化する前に見られた、軍事的な意味を兼ねる領主の館か。

 

「(この屋敷は一種の砦だな)」

 

「大げさで驚いたでしょう? 伝統派の襲撃に備えて作ったものじゃないのよ。この屋敷ができた時から、旧第九研の研究成果を取り入れながら少しずつ整えていったのよ。ここに屋敷を構えることは、当時の政府の決定事項だったのよ。何故だか分かる?」

 

「大阪の監視と聞いています」

 

「張り合いが無いわねぇ……正解よ」

 

「お兄様、大阪の何を監視するのでしょうか?」

 

 

 深雪の疑問に答えながら、四人は玄関までの道のりを進んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九島烈との面会はわずか十分足らずで終わったが、達也にとっても満足のいくものになった。個人として依頼を受けるという建前だが、私的な友人にも協力を依頼するという約束を取り付けたのだ。それ以上の長話にならなかったのはむしろプラスだった。

 烈の前を辞した後、達也たち三人は響子から食事に誘われた。九島邸に複数ある食堂のうち、カジュアルな一室に案内された三人は、料理が運ばれてくる前の談笑の最中に軽く響いたノックの音にドアへ目を向けた。

 

「入って」

 

「失礼します。あの、お祖父様が皆さまとご一緒させていただきなさいと……」

 

 

 現れたのは彼らと同年代の少年。その美しい顔には戸惑いが浮かんでいた。

 

「光宣くん、ご挨拶は?」

 

 

 響子に促され、少年は達也たち三人のテーブルを挟んだ向かい側に立ち止まった。

 

「はじめまして。九島家当主、九島真言の末子、第二高校一年、九島光宣です。司波達也さん、司波深雪さん、桜井水波さん、お会いできて光栄です」

 

「はじめまして、司波達也です」

 

「妹の深雪です。光宣さん、私たちの事をご存知なのですね」

 

 

 達也が立ち上がり光宣の礼に応じ、すかさず深雪が立ち上がり微笑みかける。二人とも初対面の光宣に対してフレンドリーに、まるで何の警戒心も抱いていないかのような態度で話しかけている。

 そんな二人に対して、光宣の方は本気で照れている様子だった。顔を赤らめた光宣は神秘的な印象が親しみやすいイメージに変化したが、超の付く美少年という部分は変わらなかった。

 

「皆さんのご活躍は九校戦で拝見しました。あっ、僕のことは光宣と呼んでください。僕の方が年下ですから、敬語もなしにしていただけると嬉しいです」

 

「では『光宣君』と呼ばせていただきますね」

 

「ご挨拶が遅れました。達也兄さまと深雪姉さまの従妹の桜井水波と申します。以後お見知りおきを、光宣さま」

 

「あ、いえ……ご丁寧にどうも。ただ、できれば光宣さまというのは……」

 

「光宣君。申し訳ないがこれは水波の習慣というか、性分だ。大目に見てやってくれないか」

 

「はぁ、司波さんがそう仰るのであれば」

 

 

 達也からこう下手に出られては光宣も強く主張出来ることではなく、この場は妥協することにしたのだった。

 

「司波さんたちご兄妹は非常に仲が良いとお伺いしましたが」

 

「仲が良すぎて困っちゃうわ」

 

「藤林さんを困らせた覚えはありませんが」

 

 

 光宣の質問に響子が茶々を入れ、達也がそれを窘めた。

 

「少し、羨ましいです。僕は兄さんたちと年が離れているので、あまり話をすることもなくて。それに僕には友達もいませんから」

 

「学校にお友達がいらっしゃるのでは?」

 

「僕は生まれつき身体が弱くて……学校を休みがちなものですから。でも今週は調子が良いんですよ。そうだ! 皆さん、今日は泊っていかれるのでしょう?」

 

「ああ。近くに宿をとっている」

 

「家に泊っていかれないんですか……?」

 

 

 捨てられた子犬のような目を向けられ、達也はどう反応するべきか悩んだ。

 

「光宣くん、無理を言ってはダメよ。そういうのはもっと親しくなってからでないと。それより、明日は光宣くんが達也くんたちをご案内してあげたら」

 

「ええ、是非!」

 

 

 響子の唐突な提案に、達也たちが反応するよりも早く光宣が喰いついた。

 

「そんな、お手数でしょう?」

 

「でも、達也くんも深雪さんも水波ちゃんも、こっちは土地勘が無いでしょう? 光宣くんは身体が弱いって言っても病気になりやすいというだけで、五輪家の澪さんみたいに外へ出られないというわけじゃないから。伝統派の潜伏していそうな場所についても詳しいわよ」

 

「ええ。学校を休みがちな分、お祖父様の仕事については兄さんたちより詳しい自信があります。司波さん――」

 

「達也でいい」

 

「深雪で良いですよ」

 

「水波とお呼びください」

 

 

 司波姓ではない水波まで便乗したのは、気配りの産物だ。

 

「達也さんのお仕事は、伝統派の術者を探すことですか?」

 

「大体そうだ」

 

「そうですか。でしたらお役に立てると思います。伝統派の拠点が最も集中しているのは京都ですが、奈良にも主要拠点とみられる所が少なくありません。明日、ご案内します」

 

 

 光宣の提案内容に、深雪と水波が「えっ?」という表情を浮かべたので、響子が二人の誤解を解くことにした。

 

「伝統派というのは一つの魔法結社だけど、単一の組織じゃなくて、少なくとも十は超える魔法師集団の連合体なのよ。だからそれぞれの集団ごとに本拠地と呼べる拠点があるわけ。一口に十師族といっても師補十八家を含めれば二十八の家に分かれるでしょう? それと同じような事よ」

 

 

 響子の説明が終わったときには、達也の中でも結論が出ていた。

 

「ご厚意に甘えよう。光宣君、よろしく頼む」

 

 

 危険を伴う任務に、力量も定かではない十六歳の少年を巻き込むということだが、深雪も水波も特段異を唱えなかった。

 達也が決めたことならば深雪は心からそれに従うだけだし、主の決定に口を差し挟むのはメイドの分を超えていると水波は教え込まれていたからだ。




水波が達也派な以上、光宣とはお友達で

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