劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也とは別次元の強さ……


襲撃者

 葛城古道では伝統派との遭遇は無く、時刻は午後三時。達也たちは奈良公園を訪れていた。歩きながら兄妹は楽しそうに話しているのだが、深雪の腕は達也の腕をしっかり抱え込んでいて、必然的に二人の距離はほぼゼロだ。それを後ろで見ている水波にすれば、なんの苦行を強いられているんだという気持ちだっただろう。

 だが、水波にとっての苦行は、遊歩道入口の手前で終わった。突如達也が立ち止まり、深雪に預けていた左腕を軽く揺する。深雪はすぐに兄の腕を離した。

 異変を察知したのは達也だけではなかった。わずかに遅れて光宣も警戒心を露わに左右を見渡した。

 

「精神干渉魔法――結界だ」

 

「敵ですか?」

 

 

 達也の呟きに深雪が鋭く問い返しながら、油断なく周囲の気配を窺う。水波も光宣もそれに倣った。

 

「高位の結界術者がいるようですね。魔法の出力を最小限に絞って、ギリギリまでこちらに気づかせないようにしていたようです」

 

「古式魔法にはこの種のテクニックが豊富に存在するようだな」

 

「様々な状況に対応できるように多彩な術式を使い分ける能力を重視する僕たち現代魔法師と違って、古式魔法師は特定の魔法を極めた術者を評価する傾向がありますから」

 

「特定の魔法と併用する副次的な技巧が発達したわけか」

 

「もっとも、達也さんがこんなに早く術に気づいたのは、向こうにとっても誤算だったでしょうね」

 

 

 光宣がそういった直後、木々の陰で気配がざわついた。

 

「自分たちの隠形に余程自信があったと見えます。こちらが気づく前に仕掛けるつもりだったんでしょうが」

 

 

 光宣があえて声に出しているのは、包囲している敵に対しての挑発だ。相手が短気なのか、それともこれ以上隠れているのは無意味だと判断したのか。

 

「水波!」

 

「はいっ!」

 

 

 達也に命じられた水波が障壁を構築するのと同時。その表面に銀光がはじけた。防御壁の外に跳ね返った銀光の正体は太い針、あるいは極小の矢。魔法で射出した金属製のダーツ弾だった。

 自分でも防御魔法を何時でも展開できる態勢を整えたうえで、深雪が射手の位置を探る。しかし彼女がその居場所を突き止めた時にはすでに、達也が木々の向こう側に回り込んでいた。

 こちら側は兄に任せて大丈夫、そう考えて深雪は反対方向からの魔法に備えた。想子の揺らぎ、魔法発動の兆候が深雪と水波の頭上に生じた。深雪も何度か目にしている、幹比古が得意とする雷撃の精霊魔法。しかしそれは瞬時に消えた。達也が得意とする情報体分解の対抗魔法、術式解散。

 

「お兄様、こちらは大丈夫です!」

 

 

 自らの言葉を証明するように、深雪が領域干渉を展開する。水波と光宣の魔法を妨げないように、まずは自分の周りだけ細く円筒状に。力場の柱を上に伸ばし、二人の邪魔にならない高さで少しずつ横へ広げていく。

 

「すごい……まるで聖杯だ」

 

 

 光宣が感嘆、否感動の呟きを漏らす。しかし彼もただ深雪の魔法を鑑賞していただけではない。彼は深雪と水波の側から離れて、達也が撃退している襲撃者のいる方とは反対側に歩いていた。

 最初、水波は光宣の無謀な単独行動を止めようとした。しかし深雪がそれを止めた。声を上げようとした水波の腕をつかみ、目立たぬよう小さく首を振ってその必要はないと告げる。水波はすぐにそのわけを知った。

 敵にはどうやら二種類の術者がいるらしい。フレシェット弾という物理的な武器を魔法で撃ちだす、現代魔法の武装一体型CADのコンセプトを取り入れた、伝統に拘らない古式魔法師と、結界――意識誘導の精神干渉系魔法を使い、独立情報体を使役するSB魔法で攻撃を仕掛けてくる伝統に拘るタイプの古式魔法師。

 達也が迎撃しているのは前者の魔法師、光宣が向かっているのは後者の魔法師が隠れているサイドだ。敵も光宣の意図が分からずに戸惑っている様子だったが、すぐに激しい攻撃が光宣に集中した。

 しかし、そのすべての魔法が当たらない。風や火や音を発生させる魔法は、光宣を貫いて何のダメージも残さず霧散し、直接外傷・内傷を与える魔法は作用対象不在により悉く破綻している。

 

「幻影、ですか? 信じられない……」

 

「パレード。忍術の要素を取り入れた九島家の秘術よ。それにしてもすごいわ……あの精度、リーナより上じゃない」

 

「リーナと仰いますと、USNAスターズ総隊長のアンジー・シリウスの事ですか?」

 

「ええ。アンジー・シリウスこと、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。私たちはリーナと呼んでいたわ。軍人らしからぬ優しくて甘いところのあった子だけど、魔法の腕はスターズ総隊長の名に恥じないものだった。でもその彼女より光宣君の方が技術的に勝っている。少なくとも、パレードに関して言えばね。九島家にこんな秘蔵っ子がいたなんて」

 

 

 深雪の感想が聞こえていれば、光宣にも少しは隙が出来たかもしれない。だが幸いなことに彼には聞こえていなかった。彼の意識は百パーセント、敵の無力化に向いていた。

 光宣の右手で起動式が展開され、一瞬で吸収された。ボタンを操作しなかったのは完全思考操作型を併用したからで、そうと分かっていれば驚くべきことは何もない。特筆すべきは起動式を読み込む速さ。そのスピードは控えめに見積もっても、第一高校元生徒会長・七草真由美に匹敵する。だが驚くにはまだ早かった。

 起動式の処理速度に衝撃を受ける間もなく、光宣の魔法が放たれた。彼の一歩先から、地面が発光する、放出系魔法「スパーク」。それをほぼ視界内一杯の表層土に対して発動。これは第一高校前部活連会頭・服部刑部が得意とするコンビネーション魔法「這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)」より放電範囲が広い。

 

「(服部先輩より上で、七草先輩に匹敵する!?)」

 

 

 深雪は援護の魔法を放つことも忘れて、その光景に見入っていた。その横では、水波も同じように驚いた表情を浮かべていたのだった。




行く先々で事件に巻き込まれてるような……事件を起こしてるような……

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