劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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電話でお帰りなさいって……


響子の心配事

 東京に戻った三人は、外で食事を済ませ家に帰った。自室に戻った達也は、家庭用端末ではなく個人用端末に入った、折り返しの電話を求めるメッセージにすぐ気が付いた。

 

『あっ、達也くん? おかえりなさい』

 

 

 すぐに響子のプライベートナンバーをコールして、そう言われ達也は肩透かしを喰らった気分になっていた。

 

「遅くなりました。藤林さんはまだ九島家ですか?」

 

『ええ。よくわかったわね』

 

「何となく、です」

 

『そうなの? 達也くんの事だから、てっきり位置情報をハッキングしているのかと思ったんだけど』

 

「残念ながら藤林さんほどのスキルはありませんよ。それより、ご連絡いただいた要件は今日のあれですか?」

 

『そう、あれよ。今日の夕方、達也くんたちを襲った連中について』

 

 

 達也が用心して言わなかったことを、響子はあっさりと口にした。達也もそのこと自体には文句を言うつもりはなかったので、続きを促した。

 

「正体が分かりましたか」

 

『ええ。といっても分かり切ってると思うけど』

 

「伝統派の古式魔法師」

 

『まあ、分かるわよね』

 

 

 響子がつまらなそうな声で達也の答えが正解だと認める。

 

『それでね……電話してもらったのはこのことを伝えるためだけじゃないの。別件で謝らなければならないことがあるのよ』

 

「俺に、ですか?」

 

『ええ。本当は私の方から電話をかけるべきだったんだけど、何時になるか分からなかったものだから』

 

「そんなことは気にしませんが。何か謝罪されるようなことがありましたでしょうか」

 

『実は今日の襲撃事件の件だけど……情報部の管轄になりました』

 

 

 いきなり響子の口調が軍人として改まったものに変わる。

 

「そうですか。少尉、それでその事が自分と、どう関係してくるのでしょうか」

 

『つまりこの一件に、一○一旅団は介入できません。言うまでもなく、独立魔装大隊も手を出せません……ねぇ、八雲先生の手は借りられないの?』

 

 

 後半、口調が「藤林少尉」から響子個人の物に戻ったのをうけ、達也はありのままを伝えた。

 

「もう師匠の手は借りていますが。学校の友人たちの身辺を密かに見張ってもらっています」

 

『そうじゃなくて!』

 

 

 もどかしさを通り越して、響子は少し苛々している様子だった。

 

『達也くん自身の身辺警護をお願いしたらどうなの? 守ってもらうのが嫌なら、せめて深雪さんと水波ちゃんだけでも』

 

「藤林少尉はお忘れかもしれませんが、深雪には既に護衛がついています。俺と水波が深雪の護衛役です。それに自分はこれ以上、師匠をこの件に関わらせるつもりはありません」

 

『何故?』

 

「九島と師匠の間には、因縁が深すぎます。そんなことで足並みを乱していたら、周公瑾の背後にいる者に付け入る隙を与えるだけです」

 

『……分かったわ。でも、本当に危ないと感じたら、その時は必ず連絡を頂戴。隊員の生命確保の為の行動は軍規でも許されている事だから』

 

「了解しました」

 

 

 達也は響子が何を恐れているのか、それ自体は理解していないが、自分の身を案じているということだけは理解していた。だから、万が一そんな状況に陥ったときは、素直に甘えようと決心したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京の都心に近い高級住宅街。その町並みに溶け込むようにして建つ、周りと同じように豪華な洋風の邸宅。その主、七草弘一は自分の書斎に長女のボディーガードで現在の腹心・名倉三郎を呼び出した。

 

「司波達也という少年を覚えているか?」

 

「真由美お嬢様の、高校時代の親しい後輩ですな。今は香澄お嬢様と泉美お嬢様と交流があると存じております」

 

「その真由美の後輩が黒羽の双子と接触した。その黒羽家の姉弟が二週間前、司波達也の家を訪れ、そして昨日と一昨日、司波達也は九島家を訪問した。どうやら先生と面談したようだ」

 

「九島烈様と直にお話を。それはただ事ではありませんな」

 

「名倉、とぼけるのは止せ。四葉が黒羽の子供たちを通じて先生にコンタクトを取った。わざわざ四葉が九島に協力を要請する理由など、先日の一件に関わるもの以外あるまい。如何にあの男といえど、九島の協力を得た四葉から逃れられることはできまい。あの男が四葉に討たれるのは構わない。だが四葉にとらえられるようなことがあれば、当家にとって高確率で不都合が生じる」  

 

 

 名倉は無言で一礼して、主に同意を示した。

 

「七草と周公瑾の関係を四葉に知られてはならない」

 

 

 この点、名倉は弘一と別の考えを持っている。四葉は既に、七草が周に便宜を図っていたことに気づいていると名倉は確信していた。根拠は掴んでないだろうが、四葉もその傘下にある黒羽も、名倉たちと同様、根拠など必要としていない。

 この考えは、裏で火遊びするが結局は表側の住人である弘一には理解できないだろうと思い、名倉は黙っていたのだ。

 

「周公瑾の居場所は掴んでいるな?」

 

「申し訳ありません。彼の者の居場所は私にも分かりかねます。ただ連絡手段は確保しておりますので、呼び出すことも恐らく可能です」

 

 

 前半部分で激昂しかけたが、後半部分を聞いて、弘一は奥歯を噛み締めた。名倉に愚弄された、と感じたのだ。

 

「では周公瑾を呼び出せ。そして、確実に始末しろ」

 

「畏まりました」

 

 

 殺しを命じる言葉に頷き返す、そこに躊躇いは無かった。元々彼はこういう仕事の方が得意で、七草に雇われる前は、殺し屋と大差がない仕事に就いていた。

 

「サポートが欲しければ好きなだけ連れていけ。屋敷の警備を気にする必要はない」

 

「いえ、私一人で十分です」

 

 

 淡々と返された名倉の自信とも自負ともとれる言葉に、弘一は軽く眉を顰めた。

 

「周公瑾は黒羽の包囲網を破るほどの手練れ。そう私に報告したのはお前だったと思うが?」

 

 

 弘一の指摘にも、名倉の表情は崩れなかった。

 

「だからこそです。失礼ながら、当家の者たちの練度では犬死するのが落ちだと思われます。むしろ足手纏いかと」

 

 

 辛辣なセリフだったが、弘一の顔に怒りは浮かばなかった。

 

「分かった。お前の思い通りにしてくれて構わない」

 

「畏れ入ります」

 

「ああ、いつも通り真由美のガードは引き継いでおけよ」

 

「心得ております」

 

 

 投げ遣りな口調の命令に恭しく頭を下げ、頭を下げたまま答え、弘一と目を合わすことなく名倉は書斎から退室した。




想い人を心配する感じではなさそうだけど……

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