劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この二人は仲良いですよね、普通に……


お喋りの最中でも

 今回の奈良訪問で、周公瑾の捜索に関して具体的な成果は得られなかったが、引退を表明したとはいえ、未だに強い影響力を持つ九島烈と面談し、その協力は取り付けた。それが最大の成果だろう。

 

「――つまり問題は、刻印がどの程度まで誤差を許容するか、という点にあるという理解でよろしいでしょうか?」

 

「そうだね。どの程度までなら形が歪んでも術式補助の効果が得られるか。今回の論文の本質的なテーマの一つだ」

 

「これまでの実験データを見せていただいてよろしいでしょうか?」

 

「うん、これだよ」

 

 

 五十里からヘルプが掛かり、講堂で術式補助刻印の効果を投影機で再現する実験装置の製作のヘルプに駆り出されたいた達也と、五十里が話しているのを深雪が誇らしげに、ほのかがうっとりと見つめている。雫もしばらく見つめていたのだが、本来の仕事に戻るためにほのかたちに声をかける。

 

「ほのか、深雪。私、見回りに戻るね」

 

「あっ、うん。頑張ってね」

 

「雫、お疲れさま」

 

 

 雫の背中を見送って少し経った後、深雪とほのかも講堂から生徒会室へと戻ることにした。いつまでも見学していられるほど、生徒会も暇ではないのだ。

 

「今のところ、変な人に付きまとわれたり見られているような感じは無いのね?」

 

「うん。大丈夫。小父様も随分と心配してくださってる」

 

 

 仕事の合間に、深雪がほのかに尋ねると、ほのかは不安げながらもしっかりと答える。

 

「深雪……私、いつまで雫のお家に泊ればいいの?」

 

「雫のお家の方に何か言われたの?」

 

「そんなことは言われないよ! 小父様も小母様も、雫のお家で働いている人たちも、みんな私なんかにはもったいないくらい良くしてくれるんだから!」

 

「ごめんなさい。そんなつもりではなかったのだけど」

 

「う、ううん、深雪! 私こそごめんなさいっ。私の言い方が紛らわしかったよね! ええと、そういう意味じゃなくって、いつまで警戒してなきゃいけないのかなって……」

 

「長くても論文コンペが終わるまでだと思うわ。大丈夫、怖い事にはならないから」

 

 

 深雪は小さな子供を安心させる時に浮かべるような、優しい微笑みを浮かべほのかに答えた。ほのかは、顔を真っ赤にして俯いてその表情から視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先週の土曜日まで知らなかった事だが、美月と幹比古の家は意外に近かった。美月の家が厚木市の中心部から一駅。幹比古の家が伊勢原市の丹沢山系麓。地理的な距離は近いというほどでもないが、キャビネットの幹線がちょうど厚木から伊勢原に通っている関係で、美月の最寄り駅から幹比古の最寄り駅まで五分程度だった。

 

「あの、吉田くん。本当にここまでで良いですよ」

 

「いや、それじゃあ意味がないよ」

 

 

 如何に人通りの多い市街地とはいえ、いかに駅前から家の前までコミューターで直通とはいえ、駅で「じゃあまた明日」では女の子を送ったことにはならない。これは幹比古の言う通りだ。

 

「そういえば、柴田さんって水彩画が専門なんだよね?」

 

「あっ、はい。そうなんです。水彩の柔らかな発色が好きで……今ではCGの方が自由に色を出せるんですけど、やっぱり絵は筆で描きたい派ですね」

 

「それなのにCGも上手だなんて、すごいな」

 

「そんな、私、水彩だってまだまだなのに」

 

「でも部長さんが褒めてたよ。柴田さんは図形的なセンスが凄く良いって。そういえば柴田さん、魔法幾何学の成績も良かったよね?」

 

「え、ええ。毎回それでテストの点数を稼がせてもらっています」

 

 

 美月が冗談めかした笑みを浮かべる。

 

「あはは、それは僕も同じだよ。魔法史学と魔法言語学のお陰で何とか上位に食らいついている。魔法工学はどうしても苦手だからね」

 

「吉田くん、呪符の方が得意ですもんね……あれっ、そういえば吉田くん、魔法幾何学を選択していませんでしたよね。何故なんですか?」

 

「魔法薬学の方が僕の術には役に立つから、何だけど。実は魔法幾何学もそのうち本格的に勉強したいと思っている」

 

「だから時々、廿楽先生の所に行ってるんですね」

 

「いや、あれは先生の方から呼び出されてるというか……」

 

 

 美月との会話を楽しみながら、幹比古は周囲の警戒を怠ってはいなかった。今もこちらを窺っている式神の存在を、幹比古はしっかり捉えている。美月に気づかせないため、話を途切れさせないように神経を使いながら、その一方で捜査の術を行使していた。

 お喋りしている内に二人の順番が来た。目の前では自動でドアを開けたコミューターが彼らの乗車を待っている。幹比古は美月を先に乗せ、グルリと辺りを見回して「返し」の呪法――式神を使役主の許へ打ち返す古式魔法を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗闇の蟠る路上で、四十前後と見られる男が、手を抑えて悪態を吐く。右手にかぶせた左手の指の間から血が滴り落ちている。

 

「くそっ、あの餓鬼! 俺の式鬼を返しやがるとは。吉田の次男は通力を無くしていたんじゃなかったのかよ! それにしても乱暴な返し方をしやがって……こちとら見張っていただけだってのに。吉田のくそ餓鬼、覚えてやがれよ。俺の血は安くねぇぞ」

 

 

 ポケットから呪符を取り出し、その呪符に血を吸わせる。最後に起動詞として「急急如律令」で締める。

 

「無駄無駄。オッサンの腕じゃまだ返り討ちに遭うのがオチだ」

 

 

 男は愕然とし顔で声のした方へ振り向いた。しかし男が振り向いたさらに背後から忍び寄ってきた存在には気づけなかった。

 

「後ろがお留守だよ、っと」

 

 

 意識を失わせる衝撃を与える、というのは実のところ、後遺症の可能性を無視できない危険行為。だが彼らに躊躇を覚えた様子はない。

 

「こんなお粗末な連中では修行にならないな。護衛の必要も無いんじゃないか?」

 

「まあそう言うな。無為に耐えるのも修行の内だ」

 

 

 顔を見合わせた二人の青年は、よく似た体格でよく似た容姿をしていた。生まれつき似ているというのではなく、同じ釜の飯を食った同士、同じ地獄を乗り越えてきた同士の、作られた類似性。何より二人の頭は、同じようにつるりと剃り上げられていた。

 

「達也殿の友人もなかなかの手練れらしいな。今度手合わせを願いたいものだ」

 

「達也殿に勝ってから言うんだな、そういうことは」

 

 

 気絶させた男を担ぎ上げながら、二人の青年は次の瞬間には薄暗闇の中に消えていったのだった。




一年で実力を取り戻し、さらに成長するとは……

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