劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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幹比古の気持ちは分からないでもない……


下見の予定

 論文コンペまで残りあと半月となり、校内は俄然喧騒を増しており、達也も深雪も様々な雑務をこなしていた。同じように忙しい幹比古がなんとか時間を作り、生徒会室にやってきたのは放課後閉門間際だった。

 

「お邪魔します……」

 

 

 まだ若干のぎこちなさが残る幹比古だが、そのことを指摘している時間は達也には無かった。

 

「幹比古、時間通りだな」

 

「そりゃね……あれだけ忙しそうにしてるのを見てたら、約束の時間に遅れたり出来ないよ」

 

「皆さんが吉田君のような心掛けでいてくださると助かるのですけど」

 

 

 幹比古のセリフを聞いて、深雪が何処となく諦念がにじみ出ているような笑みを浮かべ、そのような愚痴を零す。それが嵐の前の静けさに感じられて、達也は幹比古に本題に入るよう促した。

 

「幹比古、早速打ち合わせを始めようか」

 

「うん、そうだね」

 

 

 幹比古が手に丸めて持っていた電子ペーパーを会議用の机に広げた。ほぼ机一杯に広がった電子ペーパーに、京都市の地図が浮かび上がる。

 

「今日、打ち合わせをお願いしたいのは現地の警備に関する下調べです。当日の警備については、服部前部活連会頭が準備を進めてくださっています。他校との打ち合わせも服部先輩が自らやってくださっているので、このままお任せして良いでしょう」

 

「この場に服部先輩をお招きしなくて大丈夫なんですか?」

 

「服部前会頭には打ち合わせの結果を報告するだけで良いと了解を取っている。そうだな、吉田委員長」

 

「司波書記長の言う通り」

 

 

 ほのかの質問に達也が答え、幹比古もそれを肯定する。少し「書記長」という肩書きが言いにくそうだったが、深雪の前でこの役職名を無視する度胸は、彼には無かった。

 

「服部前会頭は今日の打ち合わせに加わらなくても良いと仰っています。やろうとしていることが情報収集だからね。結果さえ提出してくれればいいという事なんじゃないかな」

 

「そろそろ具体的な話に入らないか」

 

「オーケー。じゃあこちらを見てください」

 

 

 友人同士の口調に改めたが、深雪に対する幹比古の口調は相変わらずだった。

 

「ここが会場の新国際会議場」

 

「かなり外れの方なんですね」

 

「街の真ん中で会議なんてやって欲しくない、って地元の意見が強かったらしいよ。それで、去年と違って周囲の交通量もそれほど多くない。犯罪者や破壊工作員が潜伏出来る場所も多くないように見える。でも周りに自然が多いということは、それ用の準備をすれば隠れるところはいくらでもある。そして近くに隠れるところが無ければ、少し離れたところに拠点を作る可能性があるという事だと、僕は思う」

 

 

 ここで、打ち合わせ通り深雪が合いの手を入れる。

 

「つまり吉田君は、会場の周辺だけではなく、もっと広い範囲を調べておくべきだという意見なのですね?」

 

「ええ。去年の二の舞はごめんですから」

 

「それで、下調べにいくメンバーはどうする?」

 

 

 閉門の時間が迫っているので、達也は泉美やほのかが質問を挟まないうちに終わらせるべく動いた。

 

「僕が行くよ。学校の方は警備メンバーの北山さんにお願いしようと思う。それと、達也にも来てほしい」

 

「構わないぞ。警備のメンバーが一人でも現地を見ておくことは必要だろう」

 

「お兄様、よろしければ私も同行したいのですが」

 

「そ、それだったら私が!」

 

 

 深雪が同行を申し出ると、ほのかが張り合うように手を上げる。

 

「ほのかには移動の事とか予算の事とか、個別にお願いしてる件があるでしょう? 私には特定の仕事が無いから、応援の皆さんが泊るホテルの方にご挨拶と、万が一の事が起こった場合に避難出来るシェルターの確認をしてきますので。泉美ちゃんには、私が京都に言っている間、副会長として代わりをお願いしたいのだけど」

 

「お任せください! 精一杯務めさせていただきます」

 

「それで、日程はどうする?」

 

「少しギリギリだけど、コンペの前の土日、二十日から二十一日にかけての一泊二日でどうだろう?」

 

「妥当な線だな。宿はもう抑えてあるのか?」

 

「いや、それは決まってからと思って」

 

 

 幹比古の答えを受け、達也は最後の仕込みとして水波に声をかけた。

 

「水波、すまないがホテルに予約を入れてくれないか。できればコンペの前日に泊るホテルが良い。メンバーは俺、深雪、幹比古、そして水波の四人だ」

 

「私もですか?」

 

「ああ。向こうで深雪を助けてやってくれ」

 

 

 達也のセリフに、泉美が悔しそうな表情を浮かべたが、既に深雪の代理を引き受けてしまっているので、今更サポートを言い出せずにいるのだろう、と達也はそう解釈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉門時刻になって、達也はほのかを伴い一足先に生徒会室を後にした。行先は実演機器の製作指揮をしているあずさ、の護衛をしている雫の所だ。

 

「雫!」

 

 

 ほのかが声をかけると、雫が駆け足で側に寄ってくる。

 

「何?」

 

「北山さん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

 

「私に?」

 

 

 途中で合流した幹比古が雫にそう切り出すと、雫はこてんと首を傾げた。

 

「実は、コンペの前に京都へ下見に行こうという話になってね」

 

「去年みたいなことに備えて?」

 

「そう。二十日、二十一日と一泊二日で色々と確認してくる予定なんだ。それでその二日は、委員長の仕事を代行してくれないかな」

 

 

 雫は、何故か頭を下げている幹比古ではなくほのかへ目を向けた。

 

「ほのかは?」

 

「えっ、私は……お留守番だけど」

 

「ふーん……達也さんは行くの?」

 

「ああ」

 

「……うん、良いよ」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「どういたしまして」

 

 

 幹比古が頭を下げ雫にお礼を言うが、雫の目は達也とほのかに向けられており、それに気づいた達也が雫に目を向けると、ほのかからも視線を外した。

 

「何だ?」

 

「達也さん、私、生八つ橋が食べたいな」

 

「……遊びに行くんじゃないんだが」

 

「知ってる。でも、達也さんたちが下見に行く間、私は委員長の代理をしなきゃいけないんだよ? 報酬を要求しても罰は当たらない」

 

「……なら、委員長の幹比古に頼めばいいだろ」

 

 

 急に話を振られ焦る幹比古だが、雫は幹比古に目を向けずに首を横に振った。

 

「私は、達也さんに要求するの。私とほのかの分、よろしく」

 

「……分かった。覚えていたら買ってくる」

 

 

 達也が忘れるはずがないと確信している雫は、ほのかにだけ見える角度でガッツポーズをしていた。別にお菓子が目当てではなく、旅行中も自分たちの事を頭の隅に置いてもらうことが真の目的なので、この時点で雫の目論見は成功していたのだった。




策士・北山雫……少しでも自分たちの事を考えさせるように動くとは……

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