帰りのキャビネットの中で、配信記事を読んでいた達也が「おやっ?」という風に表情を変えた。
「お兄様、どうかなさいましたか?」
「ああ、このニュースなんだが」
達也が情報端末を深雪に向ける。彼が読んでいた記事は、京都で他殺体が発見されたという内容だった。
「発見されたのは今朝の事で、被害者の名前は名倉三郎さん……お兄様、この方は!?」
「お知り合いですか?」
「同姓同名でなければ、七草先輩のボディーガードをしていた魔法師だ」
心当たりのない水波に、達也が端的に説明した。
「ご本人でしょうか?」
「分からない。写真が無いからな」
「もしご本人だとして……偶然なのでしょうか?」
深雪が口にした疑問は、達也も水波も懐いたものだった。記事によれば、名倉三郎の死体は、通常では考えられない状態だったらしい。恐らく魔法戦闘に敗れた結果だろうと、達也は思っていたので、これが偶然とは到底思えなかった。
名倉が殺されたというニュースを見て、最も驚いているのは彼女だろう。弘一の帰宅を知らされるのと同時に、真由美は父親の書斎に押し掛けた。
「お父様、ご説明ください! 名倉さんが殺されたって、どういうことですか!?」
「何故、名倉が殺されたと知っている?」
「警察から身元照会の電話がありました!」
「お前が受けたのか? 大学はどうした」
「お父様もお兄様も連絡がつかなくて、私の所に回ってきたんです!」
「あいつら……何をしておるのだ」
弘一が自分の事を棚に上げて息子たちを非難する呟きを漏らす。それを聞いて、真由美がますます感情を昂らせた。
「そんな事どうでもいいじゃありませんか! いい加減にはぐらかすのは止めてください! 名倉さんが京都で殺されたってどういう事なんですか!?」
「十師族・七草家にとって重要な仕事で京都に派遣し、そこでトラブルに巻き込まれたのだろう。お前がこれ以上知る必要はない」
「……分かりました。失礼いたします」
父親に対する大きな不信感を抱きながら、真由美は書斎を出て行った。
しかし真由美は、真相究明を諦めたわけではない。名倉とはそれほど親しかったわけではないが、それでも短くない期間行動を共にした知り合いが殺されたのだ。それも自分の父親が命じた仕事の所為で。
「はぁ……」
「真由美、さっきからため息ばかり吐いて、どうかしたのか? 具合でも悪いのか?」
「えっ? ううん、摩利。何でもないわ」
「何でもないようには見えんが……もしそうだったらもっとしゃんとしておいた方が良いぞ。さっきからかなり注目されているから」
「えっ、そうなの!?」
ここは魔法大学のカフェで、今はランチタイムだ。そこで十師族・七草家のご令嬢が気怠げな様子で少しきわどい姿を見せているとなると、注目を集めないはずが無かった。
ところで、何故摩利がここにいるのかというと、別に大学をサボってということではなく、魔法大学には防衛大特殊戦技研究科の学生を聴講生として受け容れる制度があり、防衛大側で選んだ学生が週に一回、聴講に訪れる。摩利はその聴講生に選ばれて、今日はその講義の日だったのだ。
「摩利、相談したいことがあるんだけど」
一旦は何事もなかった風を装ったが、真由美は摩利に相談することにした。テーブルに両肘を付き、手で口を隠して摩利に話しかける。遮音フィールドの使用は認められていても、光を遮って中を見えなくする魔法は禁止されているために、唇を読まれないようにするにはこの体勢が一番楽だったのだろう。
「何だ?」
「摩利は名倉さん、知ってるわよね?」
「お前のボディーガードだろ? あの人がどうかしたのか」
「あの人ね、殺されちゃったわ」
「殺された、って、そんな……いつの事だ?」
「一昨日の、多分真夜中の事よ。昨日、京都の警察から連絡があったわ」
「京都? お前が狙われたわけではないんだな?」
「ええ」
「そうか……お気の毒に、お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
しんみりとした空気が二人の間に流れる。声のない時間は、死者に黙禱を捧げているのだろう。
「それで死因は? 事故死か?」
「他殺よ。でも、理由が分からないの。父は仕事で京都に行かせていた、としか教えてくれなかったわ。どうせろくでもない仕事に決まっているけど、それでも命を落とすようなことになるなんて……別に弔い合戦をしたいわけじゃないんだけど……なんだかこのままにしておけない、放っておいてはならないという気がするのよ」
「何か……そう考える根拠があるのか?」
真由美の意志に気圧されながら、摩利は冷静な指摘を返した。
「今のところ何もない。何とかしなきゃ、というのは私の直感でしかないわ。でも、それを無視出来ないの。気になって仕方が無いのよ」
「あたしは……まだ余り時間が取れないからな……十文字か、達也くんにでも相談してみたらどうだ?」
真由美が思ってもいなかった名前が出てきて、彼女は目を見開いた状態で何度か忙しなく瞬きをした。
「十文字くんは分かるけど、なんで達也くん?」
「今年の論文コンペは京都じゃないか」
「コンペは精々一泊二日でしょう? それに忙しくて、他の事をしている暇なんて無いんじゃない?」
「去年あんなことがあったんだ。現地の事前調査くらい行くんじゃないか?」
「それはそうかもしれないけど。でも達也くんの事だからプレゼンの準備を手伝っているだろうし生徒会の仕事もあるし。そんな忙しい中、わざわざ自分で足を運ぶかしら……って、なに?」
真由美は、摩利が自分を呆れた目で見ているのに気づいた。
「そんなことはあたしたちがあれこれ考えても仕方ないだろう。本人に聞けばいいじゃないか。大体何でさっきからあいつの都合ばかり気にしているんだ? 協力を取り付けるならまず十文字の方じゃないか? 十文字も大学生なんだから、高校生の達也くんより融通が利くだろうし、どっちが頼りになるかというと、やはり十文字の方だとあたしは思うんだが」
「そ、それは……同じ十師族同士、七草家の問題で十文字家に迷惑を掛けたくないというか」
「真由美、まさかと思うが」
「な、何なの?」
妙に真剣な顔を向けられ、真由美は思わず居住まいを正した。
「お前、まさか本気であいつに惚れているんじゃないだろうな?」
「あいつって……まさか達也くんのこと!?」
「馬鹿。声が大きい!」
「そんなことありえない! そうよ、ありえないわ! 私が達也くんに本気でこ、こ、こ……」
「今の自分の様を見て、そんなことはありえないって言いきれるか?」
摩利の指摘に、真由美が徐々に消沈していくが、真由美は何とか自分を納得させる言い訳を見つけ、決然と顔を上げ胸を張った。
「達也くんは頼りになる男の子。弟みたいなものよ。そう、弟。弟よ!」
「いや、それ違うからな? お前とあいつに血のつながりは無いからな?」
「うん、弟にお手伝いさせるのは姉の権利よね! よし、真相究明は達也くんに手伝ってもらおう。まずは京都行きのスケジュールの確認ね」
「いや、だからな……」
変な風に完結してしまった真由美を前に、摩利は疲れ切った顔で突っ伏してしまった。
隠せてるつもりなのでしょうか……