劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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大陸の伝承はそんなに得意じゃない……


傀儡式鬼

 雷撃魔法で敵の意識を刈り取り、幹比古は大きく息を吐き出した。

 

「これで終わりか?」

 

「今のところ、増援の気配は無いわね」

 

 

 レオが辺りを見回しながら問いかけると、残心をとっていたエリカが得物を下ろしながら答えた。その言葉に、レオも一息ついた。

 

「しっかし、忍者とはねぇ」

 

「忍術使いよ。別に不思議はないでしょ。こっちは古式魔法が盛んなんだから」

 

「そうだね。それほど離れていないところに伊賀、甲賀という忍術の本場があるし、鞍馬山には忍術使いが中心になって作った古式魔法の拠点があったはずだ。この人たちは、そこの術者じゃないかな」

 

「ふーん、そんなもんかね。面白れぇなぁ、お前らといるとホント退屈しねぇぜ」

 

「ちょっと、あたしの所為にするのは止めてくれる。事件に巻き込まれるのは達也くんのおかげでしょ」

 

 

 達也くんの所為、ではなく達也くんのお陰。文句を装っているが、エリカの本音もレオと同じであることが丸わかりだ。

 

「違ぇねぇ」

 

「ところで、こいつらどうしよっか? 警察に引き取ってもらう?」

 

「警察かぁ」

 

「それが妥当かな……」

 

 

 エリカは自分の正当性に疑いを持っていないから、警察を呼ぶことに躊躇いが無いが、レオと幹比古いまいち警察を呼ぶことには抵抗があるようだった。だが、幹比古はすぐにその抵抗を捨て、自分で端末を操作して一一○番通報をしようとした。

 だが、音声通話機能を立ち上げようとした彼の指は、その直前で止まった。

 

「敵か!?」

 

 

 レオの問いかけに、幹比古は答える暇がなかった。

 

「見て!」

 

 

 エリカの目は池に向けられており、池の中から、水で形作られた四匹の小さな怪物が飛び出してきた。

 

「化成体か!?」

 

「違う! 水を材料にした傀儡式鬼、一種のゴーレムだ! 実体を持っている! ……軨軨? 合寙? 長右? それに夫諸だって?」

 

 

 幹比古が驚きに満ちた声で呟く。敵が召喚したゴーレムは、洪水を引き起こすと言われている大陸の怪物が元になっていた。これは明らかに大陸の古式魔法士が放った術だ。

 

「何だこいつら!?」

 

「敵の魔法よ! それ以外はどうでも良いことでしょ!」

 

 

 エリカが想子の刃を飛ばして敵のゴーレムを構成していた術式を切り裂いた。だが、同じゴーレムが次々と池から上陸してきて、さすがに撃退を諦めた。

 

「まずっ! ここは逃げ……えっ? ……敵じゃないの?」

 

 

 ミニチュアの怪物は彼女たちではなく、地面に転がる忍術使いに群がっていく。激しい意外感にとらわれて動くことを忘れているのは、エリカだけではなかった。遠距離の攻撃手段を持たないレオはともかく、幹比古も術を破ることを忘れてその光景に見入っていた。

 

「っ!?」

 

 

 何が起こるのかを凝視していた三人が、一斉に息を呑んだ。ミニチュアの怪物たちは、痺れて動けない忍術使いたちの身体を、生きたままむさぼり始めたのだ。

 

「冗談じゃないわよ!」

 

 

 我に返ったエリカがデバイスを振るい、その声によって金縛りを解かれた幹比古が降魔の術法、迦楼羅炎を放った。

 異形の獣たちが水に還り、レオが警戒した足取りで忍術使いたちに近づく。

 

「うげぇ。派手に囓られたな……骨まで届いちゃいないようだが。それに、全員生きてるぜ」

 

 

 痺れていても喉や目といった急所だけは庇っていたようだ。幹比古が一安心の表情を浮かべるが、エリカの顔は厳しく引き締められたままだった。

 

「おかしい」

 

「何が?」

 

「何で水が地面に染み込まないの」

 

 

 ここの地面は舗装されておらず、普通ならゴーレムを形作っていた水は土に染み込むはず。だが実際は血の混ざった水が池に流れ込んでいる。

 

「いったい何が……」

 

「敵の魔法だ!」

 

 

 エリカの呟きに対する幹比古の答えは、同時に警告を促すものだった。

 

「相柳!?」

 

 

 九の人面を持つ巨蛇。洪水の悪神「共工」の直臣と言われる大陸有数の大妖怪。相柳が現れた池は水が腐り果て、実りをもたらさぬ沼地になったと言われている。

 

「避けて!」

 

 

 九つの人面が口を開いたのを見て、幹比古はエリカとレオにそう叫んだ。同時に風の障壁を展開する。九つの口が、細く濁った水流を次々に吐き出す。三人はそれぞれに、濁流の直撃を回避したが、行動能力を失っていた忍術使いたちは、その余波を避けられなかった。相柳を模した傀儡式鬼が吐き出す濁水を浴びた人体が、泡をたてて溶けていく。

 

「酸!?」

 

「いや、腐食の呪法だ! 気を付けて! 酸と違って、溶かされるのはあの液体を浴びた部分だけじゃない! くっ、術者は何処だ!」

 

 

 これほど大規模なゴーレムを操っているからには、術者もすぐ近くにいるはずだ。いや、見当はついている。さっき林の中から漏れ出した術の気配。だが式神から手ごたえはまだ返ってこない。

 

「エリカ、レオ。ここは引こう!」

 

「その意見には賛成だが!」

 

「いったいどうやって!?」

 

 

 エリカの反問に、幹比古は奥歯を噛みしめた。

 方法はある。伝承の魔物を模った傀儡は、その伝承により力を増している。従って、伝承の上でその上位個体を象徴として借りた術式を用いれば、増幅分が打ち消され傀儡を維持する魔法そのものが破れることもあるし、そうでなくても後は術者同士の力比べになる。

 

「(やれるか、僕に?)」

 

 

 今ならばやれる、という気がする。だが躊躇いは消えない。それは幹比古が「力を失った」と錯覚するほどのスランプに陥った原因となった術法だったから。

 彼が戸惑っている間に、強烈な想子光が相柳が持つ九つの頭、その真ん中に位置する人面の奥に生じ、九頭人面蛇身の巨体が爆発した。

 怪物の傀儡式鬼を作るという結果が吹き飛ばされたことで原因、つまり傀儡形成の魔法も崩壊する。飛び散った水飛沫に呪いは含まれておらず、ただの池の水に戻っている。

 

「大丈夫か?」

 

 三人が「何が起こったのか?」と悩む暇もなく、答えが自分から彼らの前に姿を現した。第三高校の制服を連想させるダークレッドのブルゾンに黒のスリムパンツ、黒のブーツ。そして赤い拳銃形態の特化型CADを右手に持つ同年代の少年。その颯爽とした佇まいを三人は無論、知っていた。

 

「一条将輝……」

 

 

 レオがその名を呟く。三高のエース、十師族・一条家の長男が三人の前に立っていた。




説明長かったのでバッサリ行きました

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