劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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対戦してるとはいえ、会話する機会はなかったですからね


今更の自己紹介

 将輝は伏兵を警戒して辺りの気配を窺っていたが、しばらくしてほかに潜んでいる敵はいないと判断して緊張を解き、幹比古たちへ意識を向けた。

 

「んっ? お前たちは一高の……」

 

「吉田幹比古だ。一条君、助太刀ありがとう」

 

 

 将輝も去年モノリスコードで対戦したレオと幹比古の顔を覚えていたが、名前までは覚えていなかったようだ。幹比古が名乗ったことで、あからさまにホッとした表情を見せた。

 

「いや、どういたしまして。十師族として、あんな悪質な魔法が市中で使われているのを見逃すわけにはいかないからな。気にする必要はない」

 

「それでも助かったよ。結構危ないところだったからね」

 

「ああ、いや……ところで、あれはいったい何だったんだ?」

 

「血を供物とし水を材料に、伝承に残る怪物を模って作った傀儡式鬼、一種のゴーレムだよ」

 

「古式魔法なのか?」

 

「大陸の、方術士と呼ばれてる魔法師が使う術式だ」

 

「ねぇ、魔法談義は後にしない? その方術士がこの辺りに潜んでるかもしれないんだし」

 

 

 エリカの指摘に、将輝がハッとした顔で辺りを見回したが、幹比古はエリカの言葉に首を横に振った。

 

「その心配は無いよ」

 

「どうしてそんなことが言えるのよ!」

 

「……論より証拠だ。見に行こう」

 

「その言い方からすると、方術士とやらは無力化されているのか?」

 

 

 レオの質問に言葉では答えず、幹比古は首を縦に振った。

 

「居場所が分かっているのか?」

 

「一条君も来るかい?」

 

 

 思わず将輝が口を挿んだが、逆に問われてとりあえず頷いて答えた。

 疎らな下草を踏み分けて林の斜面を登っていく。全員汗もかかない内に目的の方術士を発見した。

 

「やはりね。分かっていたことだけど、気持ちのいいものじゃないな」

 

「死んでるのか?」

 

「……脈はない。死んでいるな」

 

 

 将輝の呟きに、レオが方術士の首に手を当て、無表情に淡々とそう告げた。レオの神妙な振る舞いは、死体をひっくり返した瞬間に崩れた。

 

「なっ……」

 

「術を破られた反動だよ。傀儡を操作する系統の古式魔法は、魔法発動後も術式の本体と術者の精神がつながり続けている」

 

「ほう。魔法が発動したら『情報』の逆流が起きないように、魔法式を魔法師から切断する現代魔法とはずいぶん違うんだな。つまりこいつは、俺があの怪物を術式ごと破壊したから、つながっていた精神がダメージを受けて狂死したということか……」

 

「一条君の所為じゃないよ。あんな種類の魔法を使う術者は、そのリスクを理解したうえで行使しなければならない。特に、あんな巨大な傀儡式鬼を動かそうというんだ。その反動も激しいものになるのは理の当然。冷たいようだけど、この術者の自業自得だよ」

 

「そうか……すまん、吉田。気を遣わせたな」

 

「いいって。助けてもらったのは僕たちの方だ」

 

 

 将輝が無理やり作った笑顔に、幹比古も笑みを浮かべて手を左右に振った。

 

「一条君、警察への説明は僕たちがしておくよ」

 

「いや、俺も付き合う。それよりそっちの彼女、えっと……」

 

「千葉エリカよ。あたしに気を遣う必要はないわ。こういうの、慣れてるから」

 

「そうか、君はもしかして千葉家の?」

 

「第一高校二年の千葉エリカよ」

 

 

 エリカのつっけんどんな返事に将輝が目を白黒させる。

 

「失礼した。第三高校二年の一条将輝だ」

 

「こいつはご丁寧に。第一高校二年の西城レオンハルトだ。それで一条、そっちにも連れがいるんじゃねぇか? 遠慮しなくてもこっちは俺たちの方で処理しておくぜ?」

 

「気にしないでくれ。京都には一人で来ている。来週の論文コンペで、万が一去年みたいなことが起こった場合に備えて――」

 

「あっ、もしもし。国立魔法大学付属第一高校二年生の千葉エリカと申します。魔法犯罪対策課をお願いしたいんですが。……ええ、魔法による襲撃を受けまして……場所は……」

 

 

 レオと将輝がのんきに会話をしている間に、エリカが警察への通報を手早く行っていた。そんな声を聞いて、レオと将輝は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古たちが事を済ませたころ、達也たち一行は清水寺の参道に来ていた。

 

「すごい人出だな……」

 

「東京はもっと人が多いのではありませんか?」

 

 

 思わず達也が漏らした言葉に、光宣が不思議そうに小首をかしげた。その瞬間、人間により玉突き事故とスリップ事故が同時に発生する。光宣と達也に見とれた複数の女性観光客が事故の原因だ。

 達也たちのいるところは、さっきから行きかう人が避けてくれていたので、深雪や水波が事故に巻き込まれることはなかった。

 

「東京といっても、俺たちが住んでるところはかなり外れの方だからな。それに京都駅前でも、こんなに人通りは多くなかったと思うが」

 

「そんなことはないと思いますが……道が狭いからそう見えるだけなのでは?」

 

「確かにそれは言える」

 

 

 達也の疑問に光宣が質問の形で返答し、達也がそれに納得する。その一連のやり取りを見ていた女性参拝客が、さらに事故を連発しているのを、達也は視界の端で捉えていたが、特に気にすることはなかった。

 

「ところで光宣、とりあえずの目的地は清水寺の境内でいいのか?」

 

「ええ。ここまで市街地に近くなると、山林の中はむしろ目立ちます。おそらく、土産物屋とか食堂とかに偽装しているのではないかと思います」

 

「となると、中に入る必要性は薄いか」

 

 

 達也がそう呟いた途端、両サイドから責め立てるような視線が向けられた。達也は左右両方に視線を向けると、深雪と水波がいつも通りの表情を浮かべ、達也の視線に応えた。

 

「お兄様、何か?」

 

「達也兄さま、何かありましたか?」

 

 

 普通の少年なら「気のせいだったか」と思っただろうが、達也はそのくらいでは誤魔化されない。

 

「拝観したいのか?」

 

 

 達也がそう尋ねると、深雪と水波の視線がほんの僅か泳いだ。

 

「せっかくですから」

 

「ここまで来たのですし、拝観しましょう」

 

 

 どう言い回しをしようと意味は一緒なので、二人は素直に達也にそう告げた。今日の予定は立て直さなければならないかもしれない、と達也は内心でそう思いながらも、二人の申し出を断るという選択肢を選ぶことはなかった。




モブ条に惚れるのは、モブ女子のみ……

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