劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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目を引く集団だからな……


不真面目な参拝

 深雪と水波の希望で、達也たちは意味のない観光をする破目になったが、少女二人は無邪気に楽しんでいる。達也の隣では、光宣が清水の舞台から市街地を見下ろしていた。

 

「何か分かったか?」

 

「いえ、こうも雑多な視線が多くては……達也さんは何かお気づきになりましたか?」

 

「いや、俺も同感だ。深雪や光宣に向けられてる、煩悩むき出しの視線が多いが、向けられている視線は全て害意は感じられなかった」

 

「す、全てチェックしたんですか?」

 

「何時ものことだ。それに、少数ではあるが、俺や水波にも似たような視線が向けられている。おまけみたいな扱いだが、自分に向けられる視線は無意識で判別するから、光宣に向けられたのもついでにチェックしただけだ」

 

「それは……余計な手間を取らせてしまって申し訳ありません」

 

 

 男性から深雪に向けられる、数えきれない煩悩の視線。光宣に向けられる、数えきれない煩悩の視線。そして少数ながら、深雪と水波のセットに向けられる、欲望の視線。そして達也と光宣に向けられる、願望の視線。

 この場所には似合わない思考を巡らせている参拝客が、少なからずいることを、達也は無意識の内に知ってしまったのだった。

 

「さっきも言ったが、何時ものことで慣れている。お前が気にすることではない」

 

「は、はい」

 

 

 しょんぼりとうなだれた光宣の頭を、何時もの癖で軽く撫でる。達也にとっては異性や年下がしょんぼりしたときにするちょっとした癖であり、大したことをしたとは思っていないのだが、周りの「そういった趣味」を持っている参拝客には、かなりの衝撃を与える行動だった。

 ところどころで、鼻血を吹き出す参拝客が現れ、まじめに観光をしていた参拝客にも、何事かという空気が伝わり、清水の舞台の時が止まる。

 女性参拝客が鼻血を吹き出すのは、まだ理解できたが、なぜか男性参拝客も鼻血を吹き出しているのが、どうしても理解できなかった達也だったが、その視線をたどると、嫉妬した深雪を水波が懸命に抑えているのだ。見方によっては、水波が深雪に抱き着いているように見えなくもない。

 

「(変態が多いな……? あの男……こういうのも、怪我の功名と言うのか?)」

 

 

 多くの視線の中に、異質な視線を発見した達也は、そんな場違いなセリフを脳裏に浮かべていた。

 

「光宣、深雪、水波。移動するぞ」

 

「達也さん、急にどうしたんですか?」

 

 

 深雪と水波は何も言わずに達也についていったが、光宣はどうしても達也の行動の意図を知りたがった。まぁ、尾行者は魔法を使っていなかったので、光宣が気づかなくても無理はない。

 達也は光宣の質問に答える代わりに、ポケットから端末とスタイラスを取り出して光宣に見せた。そのディスプレイには――

 

『尾行らしき者を発見した。誘い込むから気づいていてわからないふりをしてくれ』

 

 

――と書かれていた。

 光宣は不得要領な表情を浮かべたが、とりあえずそわそわと左右を見たり、見当外れの方向を振り返ったりする演技を始めた。

 

「(魔法以外の訓練は受けていないようだな)」

 

 

 率直に言って、下手な演技だったが、尾行者は光宣が「気づいているふり」をしているとは思わなかったようだ。達也は奥の院から音羽の滝へ降りる坂道の途中、子安塔へ続く分岐点で立ち止まった。

 尾行者は同じように立ち止まるのを不自然だと考えたのか、小型カメラを取り出し、何枚か写真を撮ってから音羽の滝へ足を進める。その背中に、達也が不機嫌を装った声を掛ける。

 

「おい、あんた」

 

 

 尾行者の背中に動揺が走る。だがその男は気づかなかったふりで立ち去ろうとした。

 

「聞こえなかったのか、そこのあんただ!」

 

「な、何の用だね」

 

「あんた、俺の連れを盗撮していたな?」

 

 

 性質の悪い学生に絡まれた善良な市民を演じ、周りを味方につけようとした男だったが、達也の一言でギャラリーの敵意は尾行者へ向かった。

 

「濡れ衣だ! 何を根拠に」

 

「濡れ衣かどうか、警備員に判断してもらおう」

 

 

 慌てて小型カメラをショルダーバッグにねじ込んだ男の行動を逆手にとって、達也はあえてそう宣言する。達也の思惑通り、男がいきなり人混みをかき分けて走り出したが、逃走距離十メートル未満で、難なく達也に取り押さえられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尾行者を物陰に連れ込み、達也は無表情に男を見下ろした。

 

「俺をどうするつもりだ」

 

「貴方個人をどうこうするつもりはない。職業倫理に反することを承知で問う。雇い主は何処にいる?」

 

 

 達也のセリフに、男の目が左右に泳いだ。咄嗟に逃走経路を探したのだろうが、達也がわざとその視線に反応して見せたことで、逃走を断念した。

 

「……何のことだ?」

 

「彼が日本魔法師の頂点に立つ十師族の直系であることは知っているな? 魔法を使えば気づかれる。だから魔法師ではない探偵に見張らせるというのは一つの正解だろう」

 

 

 そう言いながら、達也は腕時計に手を伸ばした。

 

「無断で魔法を使えば、お前の方がお縄だぞ!」

 

「もう一度だけ訊く。雇い主は何処にいる?」

 

 

 達也は想子を活性化させプレッシャーを掛ける。だが男は答えない。

 

「そうか。残念だ」

 

 

 達也が腕時計にあてがった指を、これ見よがしに動かす。

 

「分かった! 案内する!」

 

 

 精神的に打ち砕かれた男が案内したのは、参道にある一軒の豆腐料理屋だった。

 

「ここか?」

 

「ああ、嘘じゃない! もういいだろう? 俺はあんたが推理した通りのしがない私立探偵で、そこの坊やがこの辺りに近づいたら報告しろって依頼されただけなんだよ」

 

「その割には、よく雇い主の家を知っていたな」

 

「そりゃあ、ヤバい橋は渡りたくないからな。今日日、探偵業もお気楽じゃやってけないんだ」

 

「ハードボイルドには世知辛い世の中だな」

 

「まったくだよ、本当に……」

 

 

 達也が男に同情的なセリフを言ったことで、男は少し安堵した表情を浮かべた。

 

「お前のことは覚えたから、万が一嘘だったら……」

 

「嘘は言ってねぇ! 本当だ、信じてくれ!」

 

「嘘を言ってないなら、怯える必要はない」

 

 

 達也の無表情が、余計に恐怖心を増大させたのか、男は転びそうになりながら参道の坂を駆け下りていった。

 

「お兄様、悪ふざけが過ぎるのではありませんか?」

 

「ふざけてなどいない。まさか本当に魔法を使って喋らせるわけにもいかないだろ」

 

「だからわざと、芝居がかった態度で脅しをかけたのですか」

 

「そうだ」

 

「……それにしては、ずいぶんと楽しそうでしたが」

 

「そう見えた方が効果的だろ? それより、中に入るぞ」

 

 

 深雪はなおも何事か言いたそうだったが、達也はそれを待たずに店に入ったのだった。




達也の本領発揮?

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