案内された店に入ると、陽気な声が達也たちを迎えた。
「いらっしゃいませ。四名様ですか?」
「……そうだ」
「それではご案内します」
店員は達也、光宣、深雪に目を奪われないように、失礼に思われない程度に視線を逸らしている。そのことに気づいたのは達也だけで、あとの三人は達也の背に続きその店員に案内されている。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
表向きは普通の豆腐料理屋を営んでいるようだし、目当ての魔法師のエイドスは店の奥に捉えているので、達也はお品書きに目を奪われていた深雪と水波の為に、昼食を済ませることにしたのだ。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「毒が入っていれば、それがどんな種類であろうが俺には分かる。それに、さっきの男の雇い主らしき気配も捉えたから、逃げようとすればすぐ分かる」
「達也さんって、なんでもありなんですね……」
「出来ない事ばかりだよ。それより、俺の言うことをそんなに簡単に信じてしまっていいのか?」
「はい! 達也さんは信用できる人だって、響子姉さんも言ってましたし!」
光宣の信頼の眼差しに耐えられなくなり、達也は視線を少し逸らした。先ほどの店員同様に、相手に気づかれない程度だったので、光宣は達也が視線を逸らしたことすら気づかなかった。
食事を済ませた達也は、先ほどの店員に声を掛けた。入店から一時間かかってしまったのは、達也にとっては想定外の出来事だったが、本来の目的を果たすまで、この店からは出られない。
「実は、生駒の九島さんの紹介で来たのですが、ご主人にお目に掛かれないでしょうか」
「生駒の工藤様ですか? 店主の都合を確認してまいりますので、少々お待ちください」
奥に引っ込んだ店員を待つつもりだった達也だったが、意外なことにあっさりと案内され、達也たちは客間へ通されたのだった。
そこに待っていたのは、茶人帽に作務衣という恰好をした、五十代前半と思われる魔法師だった。深々と一礼をする態度に、敵意は見られない。
「まさか九島家の方にこうしてお目に掛かるとは思いませんでした。ご同行の皆さまのお名前は伺いません。ですから、私の方も自己紹介を勘弁していただきたいのですが」
「……それは、我々と敵対する意思は無いという意味ですか?」
「私には、もう『九』の方々と事を構えるつもりはありません」
「失礼だが、貴方は『伝統派』の一員なのでは?」
「ええ、私は『伝統派』の一派を率いる呪い師です」
「呪い師、ですか?」
耳慣れぬ言葉の意味を、達也ではなく光宣が問うた。その後呪い師の説明と、『九』の家とやりあわない理由、奈良の連中にはついて行けないと訴えてきた。
「忠誠心は思想の問題ではなく、心情の問題ですから。時間は偉大な万能薬です。すべての傷を癒してくれる」
「時間では癒えない傷もあると思いますが」
「癒えない傷は、治りかけたところに新たな傷が重ねられているだけですよ。燃料を注ぎ続けなければ火はやがて消えてしまう、これと同じです」
そこで達也は、わざとらしくため息を吐いた。
「抽象論はこのくらいで止めましょう。貴方は何を以って、我々に敵意が無いことを証明してくださるのでしょうか?」
言葉だけでは信用できないという達也のセリフに、今度は初老の魔法師が本気でため息を吐いた。
「見ればまだ二十歳にもなっていないでしょうに、いったいどのような教育を受けたら、ここまでドライになれるのか……」
「貴方も現実的になったから、我々との面談に応じてくださっているのでしょう?」
達也のこの一言を受け、店主兼伝統派の拠点リーダーは一気に老け込んだように見えた。だがそんなことはどうでもよく、この後の説明は、達也が一時間待った甲斐があったものだった。
店を出た後、達也は最後の老魔法師の忠告を繰り返し呟いた。
「鞍馬山と嵐山の一党には気を付けろ。奴らは大陸魔法師にすっかり取り込まれてしまっている、か……」
太陽はすっかり傾いてしまっており、今日はもうあまり動く時間が無いのでどうしたものかと考えていると、横を歩く光宣から声を掛けられた。
「これからどうしますか?」
「宇治川以北と言われても、五人で探すには広すぎる。他にも手がかりがほしい」
「では、嵐山に向かいますか?」
「そうだな……」
この時達也の脳裏に浮かんだのは、七草真由美のボディガード殺害を報じたニュース。あの記事には、現場は桂川と書かれていた。明日は真由美とあの殺人事件について調べてみることになっている。真由美が指定した待ち合わせ場所は、名倉の遺品を保管している警察署の前だが、それを見せてもらった後は、当然現場へ赴くことになるだろう。手がかりがあるとすれば嵐山の方だから、そちらをじっくり調べた方が良いのは確かだが、僅か一泊二日の限られた時間で、同じ場所に二日続けて足を運ぶのは非効率に思えた。
「嵐山は明日じっくり調べることにして、今日は金閣寺に向かおう」
「分かりました。宇治方面の件は、僕の方から響子姉さんに連絡しておきます」
「そうか。頼む」
「はい」
達也に頼られたことがうれしいのか、光宣は満面の笑みで頷いた。その表情が、お昼前と変わることのない人込みの中で相当数の女性に影響を与えるのだが、光宣はその事に気づいている様子はなかった。
「お兄様、随分と光宣くんに懐かれていますね」
「懐かれている、と言うのか、これは?」
光宣に聞こえないように小声で、深雪が不満を漏らすと、苦笑いを浮かべながら達也が答える。達也と深雪を兄妹だと見抜ける眼力の持ち主はそう多くないため、傍目には男女が顔を寄せ合って何かしているようにしか見えない。邪推するような輩には、往来で接吻を交わしているように見えたようで、ところどころから――
「リア充爆発しろ!」
――という声が聞こえてきて、達也たちに首を傾げさせたのだった。
世間の声が……