劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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三月も終わりか……


報告と予定

 将輝は達也が国防軍の特務士官ということを知らないので、そのあたりの説明を上手く伏せ無ければいけないと、エリカも幹比古もレオも考えていた。

 

「去年の横浜事変で、大亜連合侵攻軍の手引きをした者が、京都方面で匿われていることが分かった。俺はそいつの捜索任務で京都に来ている」

 

「任務だって!? 司波、お前は……」

 

「俺は国立魔法大学付属第一高校の生徒であると同時に、国防陸軍一○一旅団独立魔装大隊所属の特務士官だ」

 

「なん…だと……」

 

「達也くん、自分でバラしちゃうんだ……」

 

 

 どう説明しようか悩んでいたのに、達也があっさりとそのことをバラしたので、エリカがため息交じりで文句を装った戸惑いを零した。

 

「一条、言うまでもないことだが、この事は他言無用だ。光宣にも、一応言っておくが」

 

「分かってます。響子姉さんから、ある程度の事情は聞いてましたけども、達也さんがそこまで重大な任務を任されるほどとは知りませんでした」

 

 

 光宣に釘を刺している間に、将輝は何とかショックから復活した。それを見て、達也が説明の続きを始める。

 

「その工作員は、今回の論文コンペでも妨害行動を起こす可能性がある。幹比古たちには論文コンペの安全確保を兼ねて手伝ってもらっている」

 

「……侵攻軍の手引きをした者の、名前は分かってるのか?」

 

「周公謹と名乗っている、外見は二十歳前後の男性だが、本当の年齢は分からない。鬼門遁甲の術を使うらしい」

 

「周公謹だって!?」

 

 

 将輝が周公謹の名前に引っ掛かったのは、達也にとって予想外だった。彼の話では、去年の横浜事変の際に、中華街で周公謹に会ったとの事だった。

 

「鬼門遁甲の術って、どんな魔法なの?」

 

 

 将輝が悔しそうにしているのを他所に、エリカが自分の好奇心を抑えきれずに質問した。それでも、若干将輝を気にした様子を見せるのは、彼女が優しい証拠なのかもしれない。

 

「占術の鬼門遁甲じゃないよね?」

 

 

 確認の為の幹比古の問いかけに、答えたのは光宣だった。

 

「ええ。大陸の古式魔法師が使う鬼門遁甲の神髄は、方位を狂わせる精神干渉系魔法です」

 

「方位を狂わせる? 例えば水の中で上下を分からなくして溺れさせるとか?」

 

「そういう使い方も出来るでしょうが、主な使い方として伝わっているのは、追跡者の直線感覚を狂わせ何度も蛇行させ、見えているのにも拘わらず、何時までも追いつけないという精神的なダメージを与えるとか、石を積み上げた陣の中を、延々と彷徨わせるとかですね」

 

 

 光宣の鬼門遁甲の説明が続く中、達也はタイミングを計って深雪に将輝に話しかけさせた。目的はもちろん、鬼門遁甲の破り方だ。

 

「一条さん。私は騒乱の折、魔法師協会関東支部で陳祥山という名の、鬼門遁甲の使い手と対峙しました」

 

「本当ですか? 司波さんは、その魔法を破ったのですか?」

 

「私一人では無理でした。仲間に特殊な目の持ち主がいましたので、その子にタイミングを計ってもらって、私は扉が開くのを待っていました」

 

「……それはつまり、鬼門遁甲は時間と無関係ではないということでしょうか?」

 

 

 将輝の解釈に、光宣が感嘆の声を漏らした。

 

「方向だけではなく、時間と方向の組み合わせで意識に干渉する魔法ですか。言われてみれば、そう考えるのが一番しっくりきます」

 

 

 光宣に認められて、将輝は少し照れたような表情を浮かべた。

 その後、今日の成果と、明日の方針を話し合い、この場はお開きとなるはずだったのだが、途中から光宣の様子がおかしいのが、達也には気がかりだった。

 

「光宣、少し具合が悪そうだが、大丈夫か?」

 

「は、はい! ご心配をおかけして、申し訳ありません。今のところは大丈夫です」

 

「そうか。それじゃあ、明日は幹比古、エリカ、レオの三人は引き続き新国際会議場周辺の警戒を、俺と深雪と水波と光宣は、敵が潜んでいる可能性がある嵐山付近の捜索をすることとする」

 

「司波、俺はどうすればいい?」

 

 

 将輝の質問に、達也は「勝手にしろ」とは言わずに、深雪にだけ分かる角度でアイコンタクトを送った。

 

「一条さんも、私たちとご一緒してくださると心強いのですが」

 

「は、はい! 是非一緒に行かせてください!」

 

「……分かりやすいわねー、ミキみたい」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

 

 将輝には聞こえないように小声で呟いたのだが、幹比古にはバッチリ聞こえていたので、何時ものツッコミが発生した。エリカの声が聞こえなかった将輝は、幹比古がいきなり大声を出したことに驚いていた。

 

「吉田君、どうしたんだ?」

 

「えっ? あっ、いや……何でもないんだ」

 

「?」

 

 

 とりあえず、明日は深雪と行動を共に出来る事になり、将輝は意気揚々と自分が部屋を取っているホテルへと帰っていった。

 

「あれで隠せてるつもりなのかしらね?」

 

「一条さんは、深雪さんの事が好きなのですね」

 

「去年の九校戦で一目ぼれしたらしいのよ。まぁ、光宣くんも、一目ぼれされる方だから分からないかもしれないけどね」

 

「いえ、僕はあまり学校に行かないので、一目ぼれ以前に知り合いも多くないんですよ」

 

「あっ、ごめんね」

 

 

 光宣の告白に、エリカが気まずそうに頭を下げた。

 

「いえ、気にしないでください。みなさんとお知り合いになれたので、僕はうれしいですよ」

 

「お前も光宣には毒吐かないんだな」

 

「あたしは元々毒なんて吐いてないわよ!」

 

 

 好機と見たのか、普段はやられっぱなしのレオがエリカに茶々を入れた。

 

「みなさん仲が良いんですね」

 

「少し騒がしいかもしれないがな。光宣、本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ。達也さんは心配性なんですね」

 

 

 まだ数回しか会っていないが、達也は光宣のテンションが、若干高すぎるのではないかと心配していた。響子から聞かされている「光宣が病弱」であることを、常に頭の隅で気にかけているのだ。

 

「いや、お前に何かあって、老師にとんでもない要求をされると困るからなんだが」

 

「大丈夫ですよ。僕の自己責任ですから、お祖父様には何も言わせません」

 

「そうか。だが、辛かったら言うんだぞ」

 

「はい」

 

 

 光宣は、達也のことを兄のように思い始めていた。会って間もないが、ここまで自分のことを心配してくれる人にそういった感情を抱いてしまうのは、仕方のない事かもしれない。

 光宣の背後では、深雪と水波が若干つまらなそうな表情を浮かべているが、達也はその二人の事は見ないようにしていたのだった。




達也の心配事は的中する……

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