劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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再び無知が明かされる……


コミューター内での説明

 四人は一台のコミューターに同乗し、嵐山へ向かう。座席は、もめにもめた結果、前に達也と将輝、後ろに深雪と真由美という、一番常識的な並びとなったが、達也以外は不満が見て取れる。

 だが、コミューターが走り出すなり、将輝が達也に話しかける。

 

「司波、さっきの幻獣だが、俺たちが昨日遭遇した『傀儡式鬼』とはまた違うものなのか?」

 

「傀儡式鬼とはまた耳慣れない呼び方だな。ゴーレムという名称が一般的だ。この名前なら、違いが分かるんじゃないか」

 

「一条さん、お兄様、口を挿んですみません。お兄様、私もゴーレムについては名前しか知らないも同然です。どういうものか簡単に教えていただけませんでしょうか」

 

 

 達也が一瞬だけ訝しげな表情を浮かべたが、深雪が将輝の無知を庇ったのだということは、達也の隣で安堵している将輝を見れば一目瞭然だった。

 

「ゴーレムは幾つものパーツを連結して生物、あるいは伝説上の怪物を模した人形に行動パターンをプログラムした独立情報体を埋め込んで、収束系魔法で各パーツの相対位置を連続的に変えることで模った生物を再現する魔法的なロボットだ。例えば石材で巨人のゴーレムを作るとする。そのゴーレムは一見、関節もない硬い石の塊が人間のように動き出したかの如く見える。だが実際には関節にあたる部分は繋がっていない。硬化魔法と同じ原理で、相対位置を固定しているだけ、要は身体の各パーツを積み上げているだけだ。ゴーレムにはその材料となっている実体物がある。木材のような有機物の場合もあれば、石材のような無機質の場合も、水のような不定形物の場合もある。だが、実体を持たず力場でそれがあるように見せかけている化成体や幻獣とは、実態があるという点で決定的に異なる。ゴーレムを動かすためには、動作パターンをプログラムした独立情報体を埋め込む必要がある」

 

「えっと……要するに、幻獣や化成体とゴーレムの違いは、実態があるか無いかなのね?」

 

 

 そろそろ面倒だと思ったのか、真由美が達也の説明を本当に一言でまとめた。

 

「今の話を聞くと、実体がある分、ゴーレムの方が対処しやすく思えるな」

 

「化成体にしろ幻獣にしろ、わざわざ生物の形を与える、という余計な手間を挿んでいる点で、魔法の使い方としては非効率なものだ。核となる呪物を使っていないなら、狭い範囲に魔法力を集中した領域干渉で消し去れるし、呪物で虚像を強化している場合は、その核を破壊すればいい。あるいは単純に虚像を形作る力場を破壊してもいい。物理的に作用する力場なら、物理的な作用で破壊可能だ」

 

 

 そんな話をしている内に、コミューターは目的地へ近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水波は眠っている光宣の隣で、静かに本を読んでいた。達也から光宣の看病を仰せつかったが、光宣は普通の人間ではないし、熱が少し高い以外は、彼の容態は安定しているので、水波は手持無沙汰だったのだ。

 

「達也兄さまの心配のし過ぎだったのでしょうか」

 

 

 そう呟いたのもつかの間、水波はすぐに最初の姿勢に戻った。本を読んでいる体勢ではなく、光宣の枕元に付き添う形。いきなり光宣の呼吸が乱れたのだ。苦し気に吐き出す息は細く、短い。手を当てた額は熱かった。

 

「フロントに電話して医者を……いえ、それはダメかもしれませんね」

 

 

 光宣は九島の直系。旧第九研の作品の血を受け継ぐ者。普通の医者に、診せて良いのだろうかと水波は迷った。

 

「このまま自分の素人看病だけで済むはずもありませんし……かといって医者を呼んでいいのかもどうか分かりませんし……っ! そうです! 達也兄さまに聞いてみればいいんですよ! 何で気づかなかったのでしょう!」

 

 

 水波は慌てて情報端末を取り出し、音声通信機能を立ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が水波から電話を受けたのは、コミューターを降りた直後だった。

 

「光宣の様子が? ……そうか。フロントに連絡しなかったのは正解だ。俺の方から藤林さんに連絡する。……ああ、問題ない。実は、光宣が変調を来したら連絡するように、あらかじめ言われていた。彼女がホテルに向かうことになると思うから、水波は普通の看病をしていてくれ。……いや、薬は与えないように。……ああ、それでいい。一人で大変だろうが頼むぞ。……ああ、任せた」

 

 

 通信を終えた達也を、深雪が心配そうに見上げていたが、達也が目で制して、彼は端末に登録された番号を呼び出す。

 

「藤林さんですか? 司波です。実は光宣が体調を崩しまして、看病につけている水波は、かなり息が苦しそうだと言っています。……CRホテルの×××号室です。……よろしくお願いします」

 

「今の、響子さん?」

 

「光宣くんの具合が悪くなったのですか?」

 

 

 深雪の問いかけに頷いて答える達也。

 

「司波、戻らなくてもいいのか?」

 

「身内の方に連絡した。一時間前後でホテルに来てくれるそうだ」

 

「急病人? 響子さんのお身内?」

 

「九島家の末の息子さんですよ」

 

「末っ子というと、あの光宣くん? 彼は身体が弱かったはずだけど」

 

「病弱であっても虚弱ではないようです。詳しい事は分かりませんが、魔法力が強すぎて、肉体に過剰な負荷がかかっているような感じですね」

 

「……そんなことがあるの?」

 

「とにかく、藤林さんが駆けつけてくれるとのことですので、俺たちは予定通り調査に向かいましょう」

 

 

 何か聞きたそうだった将輝を無視して、達也たちは名倉の死体が発見された、嵐山公園中之島地区の側、桂川が南へ折れ曲がる直前の、小さな砂州へ向かった。

 

「ここですか?」

 

「ええ」

 

「この勢いなら、上流から流されたということもなさそうですね」

 

「ああ、その可能性は無いだろう」

 

 

 達也はそう答えただけで、この辺りには血の跡が飛び散っていたらしいから、とは言わなかった。

 

「司波、どういう状況だったと思う? 被害者の名倉さんがここに立っていて、犯人が近づいてきたのか、犯人が先に来ていて、名倉さんが近寄って行ったのか」

 

「考えても結論は出ないだろう。そもそも名倉さんと犯人が待ち合わせをしていたのか、名倉さんが犯人に一方的に襲われたのか、それも分からないんだ」

 

「……確かに」

 

 

 将輝は、無用な反応を見せることなく達也の意見に頷いた。

 

「お兄様、これからどういたしましょうか」

 

 

 深雪に問われて、達也は真由美に目を向けた。

 

「周りを調べてみたいのですが、構いませんか?」

 

「ええ、付き合ってもらってるのは私の方だし、達也くんに何か考えがあるのなら、私はついていくわ」

 

 

 唐突な申し出に真由美は少し驚いた様子だったが、達也の事を信頼しているのか、そう言って頷いたのだった。




水波は達也にご執心なので、あのシーンは変更になりました。

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