劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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行く先々で襲われる達也……


嵐山での襲撃

 達也は桂川のこちら側ではなく、渡月橋を渡って上流へと向かった。と言っても保津峡まで遡るのではなく、そのずっと手前の嵐山公園亀山地区、小倉山南東部丘陵地を登っていく。

 達也が向かっているのは、清水寺参道の豆腐料理屋で出会った古式魔法師から入手した手掛かりの地、周公謹が潜伏していたという場所だ。彼はそのことを真由美に教えていないが、彼女は文句も言わずに達也についていった。

 公園の坂を上り切ったところに「竹林の道」という案内板があった。達也は迷わずそちらへ向かう。その迷いの無さが、真由美に軽い違和感をもたらした。

 

「ねぇ、達也くん」

 

「何でしょう。少しペースが速すぎましたか?」

 

「そうじゃないけど」

 

 

 達也に指摘されて、真由美は自分の息が結構上がっている事に気づいた。達也と将輝は分かるとして、深雪まで息を乱していない事に、彼女は何とも言えない理不尽を覚えた。

 

「達也くん、何処か当てがあるの? さっきからどちらに行こうか迷っている様子が無いけど」

 

 

 指摘を受けて、自分の態度が不自然なものであることに達也は気づいた。不信感を抱かせる真似を自分がしてしまったのだから、誤魔化し続けるのが得策とも思われない。

 あくまでも自分が真由美に力を貸しているという体裁を、達也は崩したくなかったため、なんといって誤魔化そうか少しだけ悩んだ。少しだけというのは、長時間悩む必要がなかったからだ。

 

「お兄様!」

 

 

 深雪が領域干渉を広げ、彼らに飛んできた鬼火が、対抗魔法に呑まれて消えた。

 

「一条!」

 

「任せろ!」

 

 

 達也が前、将輝が後ろ。二人はすぐさま、深雪と真由美を間に挟んで守る陣形を取った。左右の竹林から、深雪目掛けて細い紐が伸びる。青、赤、白、黒、黄の五色で編まれた組紐を、達也は深雪に届く前に掴み取った。キャスト・ジャミングに似たノイズが、組紐から伝わってくる。

 

「(密教系古式魔法師が使う羂索か!)」

 

 

 達也は羂索そのものを分解せず、送り込まれてくるノイズのみを分解し、両手で掴んだ紐を力いっぱい引っ張った。相手は思いもよらない方法で魔法を破られて呆然としており、その隙を突かれ隠れていた場所から引っ張り出された。

 達也の方にも油断はあった。彼は今更のように、他の人影が消えていることに気づいた。おそらく、自分たちに触れないように結界が張られたのだろう。だが、人目を気にしなくていいのは、達也たちにとっても好都合だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也、将輝、深雪、真由美の四人は、次々と敵の魔法を無効化し、次々と敵を薙ぎ払う。その連携に覚悟を決めたのか、はたまた自棄になったのかは分からないが、竹林から道に四人の魔法師が出てきた。

 達也が最初に仕留めた二人、後方の六人を足して合計十二人は、達也が不意打ちに気づいてからスキャンした人数に一人足りない。

 

「一条!」

 

「こっちは任せろ!」

 

 

 将輝の実力は達也もよく知っている。最初から心配していなかったが、やはり問題はなさそうだったので、達也は前の四人を先に片づける事にした。

 将輝の見ている前で、六人の魔法師が印を結んだ。相手は密教系の古式魔法師と分かっているので、その予備動作に戸惑いはなかった。

 

「(古式魔法は現代魔法にスピードで劣る。現代魔法のスピード凌駕する事は、一字咒でも不可能だ)」

 

 

 将輝はそう考え、愛用の拳銃形態のCADを相手に向ける。それと同時に、古式魔法師が叫んだ。

 

「カン!」

 

 

 叫んだ直後、将輝の魔法が発動するよりも早く、術者の右手が一斉に燃え上がった。

 

「何ぃ!?」

 

「何なの、これっ!?」

 

 

 幻影とは思えない、いや、幻影ではない。ゆったりと作られた男たちの服が、真っ先に燃えている。右手の肘から先は、早くも黒く炭化し、たんぱく質の焼ける嫌な臭いが将輝と真由美の鼻を衝く。

 達也の前でも同じ現象が起こり、四人の術者の右腕が燃え上がった。だが、こちらはその腕を白い冷気が瞬時に覆い、炎はその冷気に抗うが、冷気は熱を喰らい焼けた皮膚を氷で覆っていく。

 魔を焼き尽くすはずの炎が、圧倒的な『魔』の力に屈したのだ。言うまでもなく深雪の魔法だ。精神そのものを凍り付かせる深雪にとって、外から押し付けられた魔法式を氷結させる程度の事は、然して難しくもなかった。

 達也が男たちの足を指さすと、四人の大腿部が一斉に血を噴いた。ひっくり返り、のたうち回る魔法師たち。その激痛がノイズとなって、操り糸を震わせる。

 

「(そこか)」

 

 

 達也は残りの一人の気配を捕捉し、逃すことなく一撃で気絶させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が茂みの奥から引きずって来た方術士を投げ捨てる。その男はかなりの高齢、少なくとも六十歳以上に見える。方術士は乱暴に引き摺られた所為で意識を回復していたが、抵抗するそぶりは全くない。何か魔法を使おうとした瞬間、再びあの激痛が襲ってくると理解しているようだ。

 

「達也くん、一条くん、これからどうするべきだと思う?」

 

「本来であれば、この男を訊問すべきなのでしょうが、素直に答えるとは思えませんし、彼らを倒したことで古式魔法師が張っていた結界もなくなっているはずです」

 

「人が来る……ということね?」

 

「そうです。彼らに怪我を負わせたところまでは正当防衛を主張出来ると思いますが……訊問までは私人として認められない。下手をすれば拷問……不当逮捕、脅迫、暴行の容疑をかけられる可能性があります」

 

「……達也くんはどう思うの?」

 

 

 困った顔で達也の顔を覗き込む真由美に、達也は苦笑いで応えた。

 

「お二人が逮捕されることはないと思いますが、他は同感ですね。それよりも大人しく警察に引き渡した方が賢明ではないでしょうか」

 

「警察に来てもらいましょう」

 

「先輩、私が警察に連絡いたします」

 

 

 将輝の意見には即決しなかった真由美だったが、達也の意見には即決した。そして深雪はすでに情報端末を取り出していた。

 

「深雪さん、お願いするわね」

 

 

 深雪が警察に電話を掛け、真由美と将輝の目が深雪に向けられている。彼らは達也が地面に転がる密教系古式魔法師をじっと見つめている事に気づいていない。それでいながら、達也の目が負傷者の上に焦点を結んでいないことに、真由美も将輝の気が付かなかった。




一条の見せ場はカットしました

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