結局、達也たちの嵐山探索は、警察の事情聴取で一日が終わってしまった。達也たちの事情聴取を行った刑事は、陰陽道系の古式魔法師だったため、十師族に対する反感が取り調べに影響したのは否めない。
将輝も真由美も、この程度でキレるほど柔ではないが、もう少し沸点の低い性格なら惨事が発生していたかもしれなかった。なお達也は、彼にも過剰防衛の疑いを向ける刑事に対して、深雪が暴発するのを抑えるのに手一杯だった。
ようやく警察署から解放され、著しく下がったテンションで達也がホテルに戻ると、部屋で響子が待っていた。
「達也くんも深雪さんも、なんだか疲れた顔をしてるわね」
「警察に引き留められまして」
「警察? いったい何をしたの?」
「その件は後で詳しくお話します。それよりも、光宣の具合はどうなんですか?」
響子の前に座って、達也がそう尋ねる。光宣は眠っており、その寝顔を見る限り、落ち着いているように見える。
「薬が効いて眠ってるわ。さっきまでかなり苦しそうだったけど」
響子が顔を曇らせて答えた。その表情からするに「少し体調を崩した」程度ではなかったことが分かる。
「……ねぇ、達也くん。一つお願いがあるんだけど」
「何でしょう」
達也が響子に問い返す。彼女は微妙に目を背けたまま、中々答えようとしない。響子が「お願い」の具体的な内容を話したのは、時計の長針が一回りした後だった。
「光宣くんの身体の事なんだけど……この子は、医学的には健康体なのよ。免疫系にも精神系にも、何の異常もないの。何故こんなに病気に罹りやすいのか、原因が分からないってお医者様は言っているわ」
「少尉は俺に、医学的な知識をお求めなのではありませんよね?」
「それでしたら山中先生に相談します」
「確かに。では、何を?」
「私は……私だけでなく、藤林家の抱えている研究者も同じ意見なんだけど、光宣くんが病気がちな原因は、想子体にあるんじゃないかと思うの」
想子体、それは肉体の情報を記録したエイドスの様々な名称の一つであり、肉体と重なって存在している。想子体は肉体と連動していて、肉体を意思で制御する訓練を積んだ人間は、神経パルスによらず想子体をコントロールすることで、神経伝達速度を超えて肉体を動かすことが出来る。また、内臓と連動している情報部分をコントロールすることで、内臓機能の修正、強化も可能だ。想子体の不調が原因で、肉体に変調を来しているというのは、達也たち魔法師にとっても違和感のないアイデアだった。
「それで、俺は何をすれば良いんですか?」
「……光宣くんの想子体を『視て』ほしいのよ。貴方のエレメンタル・サイトで」
達也が意外感に目を見張る。達也だけでなく、隣で黙って話を聞いていた深雪も目を丸くしている。
「私の知る限り、想子情報体を分析する事に掛けて……達也くん、貴方の右に出る者はいないわ。光宣くんの体質を治してほしい、なんて言うつもりはないの。ただ、原因だけでも分からないかしら」
「藤林少尉。俺にそこまで深く『視せる』ということが、何を意味しているのかご理解なさっていますか?」
達也の眼は「それが何で出来ているのか」の情報を読み取る。何が材料で、どうやって作られているのか。何が原因で、今の結果があるのか。
彼の「眼」は、構造情報を読み取る眼であり、因果を読み取る眼だ。その彼の「眼」に視せるということは、九島光宣という人間の「ルーツ」を見せるという意味に等しい。
「お願い。責任は、私が取ります」
「……分かりました」
眠っている光宣に「眼」を向ける。薬の効果で眠っているのなら、向けられた「視線」に気づいて抵抗することもないだろう。そう思っていたとおり、光宣の想子体へのアクセスはスムーズに進んだ。
「お兄様!?」
「大丈夫だ。心配はいらない」
「……達也くん、どうだった?」
光宣の想子体を視たのは、時間にすれば一秒にも満たない。だがその一瞬で達也は藤林に、否、九島家に言いたいことが山のように出来ていた。
「予想通りです。俺は光宣が病弱でありながら虚弱でないという話を聞いた上で、彼の強大な魔法力を目にした時から、想子の圧力が強すぎて身体が耐えられないのではないかと考えていました」
「つまり、魔法力が強すぎて、それが身体に変調をもたらしているということ?」
「想子体はその人間が保有する想子の容器です。想子の圧力は物理的な気体の圧力と同じで、容器内の想子量と想子がどのくらい活発に活動しているかによって決まります。光宣の場合は、想子が魔法師としても桁違いに激しく活動していました」
「想子の圧力で、想子体が破損しているということ?」
「少し想像しにくい部分なんですが、想子体は無数に分岐した細いパイプを束ね、折り曲げて、肉体と同じ情報の形を作っています。そのパイプの中を流れる想子の圧力で、パイプの一部が破れ、その破損が肉体にフィードバックされているのではないか、と思います。幸いと言って良いものかどうか、破れたパイプも、破れる原因となった想子と同じもので出来ています。想子が活発に活動しているということは、想子体の修復も活発に行われているということなんです。想子体の破損と修復が、短いサイクルで行われる。それが光宣の体質の原因ではないかと思います」
「壊れたままじゃないのね……」
「修復力は、むしろ平均的な魔法師よりも上だと思いますよ」
響子の顔に安堵の色が浮かんだが、すぐに彼女の美貌は憂いに曇った。
「でも、どうすればいいのかしら……」
「直接的には想子体の活動を抑えれば良いんですが、それは魔法師としての能力に枷をはめるということです。魔法力の低下は、本人もご家族も望まないでしょう。となれば、想子体の強度を上げるのが唯一の解決方法でしょうね」
「どうやって?」
「そこまでは分かりません。医療知識ですので、山中先生にお聞きください」
「……ありがとう。そこまで分かれば十分よ。あとは先生に相談してみるわ」
「また手伝えることがあれば言ってください」
項垂れている響子に、達也は優しい言葉を掛けて説明を終わらせたのだった。
説明長かったな……