劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

570 / 2283
あまり上がりませんでしたがね…


本日の成果

 光宣が目を覚ましたのは、それからおよそ三十分後だった。その頃には響子もすっかり復調していた。あるいは、光宣に酷い顔は見せられないと頑張ったのかもしれない。

 

「光宣、気分はどうだ?」

 

「ご迷惑をお掛けしました」

 

「頭を下げる必要はない。不摂生で体調を崩したのならともかく、光宣の場合は体質だろう? お前が悪いんじゃないんだ。自分の責任でもないのに頭を下げるのは賛成出来ない」

 

 

 達也の声はかなり強い。これは宥める、慰めるというより、窘める口調だ。達也は「罪悪感を持ちすぎるな」と光宣を叱って、そうすることで激励しているのだった。

 

「すみません……いえ、ありがとうございます」

 

 

 光宣が達也に目礼をする。今度は、達也も何も言わなかった。

 

「それじゃあ達也くん――」

 

「ただいま~。達也くん、深雪。早いね。あれっ、藤林少尉さんだっけ」

 

「藤林少尉さんだって? あっ、ちわっす。達也、先に戻ってたんだな」

 

「ただいま、達也。えっと、藤林少尉さん、ご無沙汰しています」

 

 

 響子が「さっき聞きそびれた警察の話を聞かせてくれる」と言いかけたところで、論文コンペ会場に行っていた幹比古たちが戻ってきた。彼らは一様に、響子がいることに意外感を示した。

 

「今日は軍務じゃないので、少尉は止めていただけますか。藤林、で結構ですよ」

 

 

 その驚きを、響子は「大人の笑顔」で受け止める。エリカは同性だから当然として、レオも平気な顔をしていた。残る一人は、普通の青少年的な反応を示した。ここに美月がいなくて幸いだった、かもしれない。

 エリカは光宣の寝ている布団の反対側に座った。深雪の優雅な佇まいに対して、エリカは端正な正座姿で、赴きは違うが、同じように絵になる姿だった。

 

「光宣くん、具合はどう?」

 

「そ、その、もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

 

 

 確かにエリカは美少女だが、客観的に見れば光宣の方が顔は整っている。それなのに親しげな笑顔で話しかけられて動揺するさまは、年相応で可愛いものだった。

 一つには、エリカのように、よく言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい態度をとる同じ年頃の女の子が彼の周りにはいなかった、という事情もあると思われる。

 

「そっか」

 

「今日の成果について情報を交換しよう」

 

「僕から話すよ」

 

 

 達也が部屋の中央に向けて座り直し、そう切り出すと、幹比古がすかさず反応を見せた。

 

「と言っても、話せることはほとんど無いんだけどね。不審者が隠れていそうな場所は見つからなかった。それに昨日の事があった所為か、警察の魔法師が大勢巡回していた」

 

「お前たちが身体を張ってくれたお陰で、論文コンペの安全が確保されたというわけか」

 

「身体を張ったって……まぁ、そうとも言えるけど」

 

 

 幹比古が得心いかないという顔をしている横で、エリカとレオがいつも通りの掛け合いをしていたが、誰も注意しなかった。

 

「というわけで、論文コンペの下調べとしては成果があったけど、外国人工作員の捜索の方は進展なし」

 

「昨日捕まえた連中だけで、成果としては十分だろう。ヤツらのアジトに警察の手が入っているようだし、そちらは官憲に任せておけばいい。工作員の捜査だって、本来は警察の仕事だ」

 

「お兄様、それを言っては身も蓋もありません」

 

 

 深雪のツッコミをきっかけに、レポーターが達也に交代する。

 

「こっちは小倉山の麓で襲撃を受けた」

 

「小倉山の麓というと、嵐山公園亀山地区ですか?」

 

「そうだ。襲撃者は十三人。密教系古式魔法師が十二人と亡命方術士が一人。全員警察に引き渡してきた。幹比古、襲撃者は蛇、または竜が巻き付いている諸刃の直剣を炎で作り出していたんだが、どういう術式か分かるか?」

 

「……それは『倶利伽羅剣』だね。でも、そんな高度な魔法を使える魔法師がいたなんて驚きだ。倶利伽羅剣はその性質上、術者自身の魔法も無効化してしまうから、維持し続けるのがとても難しいんだけど」

 

「無理に使おうとしたらどうなる?」

 

「それこそ無理だ。魔法発動の基点は術者の手で、倶利伽羅剣の術式は、その炎に接触した魔法を無効化するんだから。刃に触れていなければ良いというものじゃない。具象化した炎の剣を、手と僅かな隙間を空けて保持し続ける必要がある。その技量がない魔法師には絶対に使えないよ。……まぁ、他の魔法師が術式を発動して、強制的に使わせるなら別だけどね」

 

「強制的に使わせたら、その相手はどうなるんだ?」

 

「手が燃える」

 

「ええっ!?」

 

 

 エリカが声を上げて仰け反った。深雪は不快げに眉を顰めている。

 

「魔法で形作られているといっても、倶利伽羅剣の炎は具象化した本物だ。それをずっと握らされているんだから、手が燃えるというのは当たり前だろう? 噂では、わざと使わせる相手の腕を燃やして剣を構成する材料にする、なんて非道な術式があるらしいけど、それじゃあ降魔の利剣じゃなくて、邪悪な魔剣だよね」

 

 

 達也と深雪がこっそり目を合わせた。アイコンタクトで詳しい話をしないことに決める。

 

「そうか。かなりの手練れだったんだな」

 

「その相手を無傷で倒すんだから、達也たちも大したものだよ」

 

「深雪と一条の手柄さ。それで、これからの事なんだが」

 

「えっ? 今日はもうホテルをチェックアウトして東京に帰るんじゃないの?」

 

 

 エリカの言う通り、変則的だが夕方にチェックアウトして、東京に戻るのが元々の予定だった。

 

「皆は予定通り東京に戻ってくれ。俺はもう一泊していく。明日、もう一度警察に行って、今日捕まえたヤツらの事を訊いてくるつもりだ」

 

「お兄様、それでは私も――」

 

「お前は生徒会長だ。この時期に二日も続けて学校を休むのはよくない」

 

 

 深雪としては、学校より達也の方が重要だったが、強い口調で命じられては、彼女に反抗の言葉は無かった。

 

「……分かりました」

 

「じゃああたしがついていくよ! 警察ならいくらでも伝手はあるし」

 

「エリカ……ずる休みは感心しないぞ」

 

「ずる休み!? ひどい!」

 

 

 エリカから顔を背けて、達也は幹比古に目を向けた。

 

「無論、風紀委員長が二日連続で不在、というのもよろしくない」

 

「達也は良いのかよ」

 

「俺は立場上、もう少し調べなければならないことがある」

 

 

 幹比古もレオも、達也の「立場」は知っているし、エリカは更に詳しいことまで気づいている。こう言われてしまえば、彼らとしては引き下がるしかなかった。




エリカと深雪は不満たらたらですね…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。