劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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瞬殺です…


伝統派のアジト

 十月二十二日、月曜日。達也は再び嵐山、嵯峨野に来ていた。前日に古式魔法師の襲撃を受けた場所だ。警察の心配は無い。あの十師族嫌いの刑事は、昨日の一件をまともに捜査するつもりが無いらしい。あるいは、他に緊急の事件が起こったのか。

 達也は現場に立って、昨日読み取った情報を思い出しながら、あの古式魔法師が所属しているグループのアジトの座標を端末に呼び出した地図と、記憶したデータから探す。

 目的地はあっさりと見つかった。広いだけの平凡な家だった。一見すると、地方によってはまだ残っている町村の集会所のような建物だった。

 達也は外からバレない程度にエレメンタル・サイトで建物をスキャンした。

 

「(罠は無いか)」

 

 

 そのことを確認して、達也は躊躇なく門を通り抜けた。敷地の中に入っても、特に魔法の気配は感じられないが、もぬけの殻ではない事は外から視て確認済みだ。

 引き戸に掛かっていた鍵は、達也が魔法でバラバラに壊し、門を抜けた時同様に、躊躇わずに中に入る。途端に車輪形の武器が飛んできた。法輪と呼ばれる武器だ。

 達也が法輪を躱すと、扉を突き破り外に出る前に、空中で止まって元来た軌道を逆向きに飛んでいく。別方向から飛んできた法輪も、やはり同じ動きで戻ってきた。よく見ると、法輪から細い想子の糸が伸びていた。

 

「(ヨーヨーか)」

 

 

 まともに相手にするのもバカらしい作戦だったので、達也は相手の古式魔法師を挑発し、あっという間に残らず全員を昏倒させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この拠点のリーダーを務める古式魔法師は、身体を貫く激痛に目を覚ました。痛みで思考が上手く働かないが、気を失っていられなくなった、というだけだ。

 

「気が付いたか? 俺の言うことが理解できるなら頷け。少し痛みを緩めてやる」

 

 

 痛みが和らぐという事だけが、この男の意識に染み込んで、彼は懸命に首を振った。約束通り痛みが軽減され、激痛に霞んでいた視界が少しだけ明瞭な輪郭を取り戻す。

 若い男が――バイカーズシェードに顔を隠した男が、自分の上にのしかかっている事を確認したリーダーは、印を結び術を行使しようとしたが、その瞬間に意識を漂白する激痛が彼を襲った。

 

「余計な真似はするな。訊かれた事だけに答えるだけでいい」

 

 

 リーダーは懸命に頷いて、その言葉に従うことを伝えた。激痛が僅かに軽くなったが、今度は思考が少し戻った程度で、霞んだ視界はそのままだ。

 

「ここに周公瑾がいたな? 横浜中華街から逃れてきた、華僑の道士だ」

 

 

 リーダーは嘘を吐くというアイデアすら持てず、正直に頷く。

 

「その男は十二日の金曜日までここにいた。間違いないか」

 

 

 働かない頭で賢明に思い出し、周公謹がここを発ったのが金曜日だったのを思い出して、何度も首を縦に振った。

 

「周公瑾は何処へ行くと言っていた?」

 

 

 新たな激痛がリーダーを襲ったが、不思議な事に思考だけはクリアになった。目は霞み、手足は指まで動かない。それなのに口だけは自由に動く。

 

「宇治へ……行くと言っていた。二子塚古墳の近くに良い潜伏先があると……それ以上詳しい話は、しなかった。嘘か本当かは……分からない」

 

「お前の部下は、大陸の方術士によって操り人形にされていたが、あれはお前が許可したことか?」

 

「私は……彼らの、師ではない……彼らに命令する……立場にない」

 

「お前はリーダーだろ?」

 

「彼らは同志だ……我々は対等で……誰の命令も受けない……」

 

「分かった。ご苦労だったな」

 

 

 その直後、最大の激痛がリーダーを貫いた。彼の意識はブレーカーが落ちるように途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也はあの拠点の事を響子にメールで知らせ、伝統派の魔法師を昏倒させていることもついでに報告した。一仕事終えてホテルに戻った達也を出迎えたのは、恥ずかしそうに眼を逸らす真由美だった。一応出迎えてくれたのだが、頬を赤く染めて決して目を合わせようとしない。恥ずかしそうにしている理由には見当がついている。

 達也は昨晩、若い女性から、自分の着ている服を脱がせろ、という理不尽なよう要求を受けた。すべてが面倒になった彼は、真由美のドレスを手早く剥ぎ取り、下着姿の彼女をベッドの中に放り込んで、振り返りもせず部屋から出て行った。

 自分でも乱暴な事をしたと思っているが、言い分もある。あの状況で(性的に)襲われなかっただけでも感謝してもらいたいのだ。もちろん、そんなことを言えるはずもないが。

 

「えっとね、達也くんにちょっとだけ、聞きたい事があるんだけど」

 

 

 お断りします、とか黙秘権を行使します、とか言えたらどんなに良いだろうと、達也は心から思った。何を質問されるのか、彼は真由美の態度から覚っていた。

 真由美は部屋の中に二人きりの状況が分かっているにも拘わらず、キョロキョロと左右を見回し、盗み聞きされるのを恐れているかのように、達也の顔に唇を近づけた。

 

「私……どうして下着姿で寝ていたのかしら?」

 

 

 貴女が脱がせろと言ったからだ、とよほど言い返してやりたかったが、これも言えるはずがなかった。

 

「先輩がご自分で脱いだのでは? 幾ら酔っていても、ドレスのままベッドに入らない程度の判断力は残していたのではありませんか?」

 

「酔っている人間に、そこまで気が回せるものかしら?」

 

「さぁ? 先輩の事ですから、ご自分でお分かりにならない事が、俺に分かるはずもありません」

 

 

 真由美は羞恥で目じりが赤くなった目を、達也が戻ってきてから初めて彼に向けた。

 

「達也くん、私ね……あんまりお酒に強い方じゃないけど、記憶はしっかり残るタイプなのよ」

 

 

 達也はすぐさまこの場を逃げ出したかったが、あいにく彼は、男として逃亡が許されない状況であることを理解していた。

 

「あんなに乱暴にしなくても良かったと思うんだけど」

 

「酔っぱらった異性の下着姿をじっくりと見る趣味はありませんので」

 

 

 達也は、ドレスを剥ぎ取り真由美を乱暴にベッドの中に放り込んだのだ。

 

「別に、達也くんになら見られても……」

 

 

 そこまで言って、真由美は自分が言いかけた事がとんでもない事だと気づき、恥ずかしそうに頬を更に赤らめたが、視線は達也に固定したままだった。

 この大層気まずい雰囲気の中、真由美を自宅最寄り駅まで送っていくという、精神的に重労働なミッションが、最後に達也を待ち構えていたのだった。




訊問・拷問が似合いすぎる達也……

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