劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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熱烈歓迎……家でもホテルでも……


コンペ前日

 達也は家に入ってすぐ、リビングで寛がされていた。衣類を入れた旅行バッグは水波に奪い取られ、深雪にはソファへ連行された。こういう時に抵抗しても意味は無い。これは奉仕されているというより、奉仕を受けさせられているのだ。達也は大人しく妹たちの好きにさせた。

 深雪が隣に座り、コーヒーカップを傾ける達也を嬉しそうに見ていたが、彼がカップをテーブルに置くと、急に落ち着きがなくなった。

 

「大丈夫だ。頼まれた仕事の進展は順調だ。今の段階でも、叔母上に対する義理は十分果たしたと言えるくらいだ」

 

 

 深雪は今日の首尾を聞きたかったのだろう。そう考えて、達也は先回りして上手くいっていると伝えたが、どうやら深雪の聞きたかった事は別にあるようだった。

 

「いえ、それはお兄様の為さることですから……」

 

「言ってごらん。何が聞きたいんだ?」

 

 

 達也がそう水を向けると、深雪は尚も躊躇いながら、ついには逡巡を振り切った顔で尋ねた。

 

「お兄様、光宣君の体質の原因は何だったのですか?」

 

「……昨日言った通りだよ。光宣の魔法力が強すぎて、身体がそれに耐えられないんだ」

 

「それは今の状態ですよね? お兄様はその原因をご覧になったのではありませんか?」

 

「……何故そんなことを?」

 

「あの時のお兄様のご様子は、ただならぬものでした。いったい何をそんなに気に掛けていらっしゃるのですか? お兄様、お願いします。お兄様が何にお悩みなのか、深雪にもお聞かせください。お兄様のお悩みを、私にも分けてください」

 

 

 深雪が一生懸命な目で達也を見上げる。妹が本心から自分の心を軽くしたいと思っていることが、達也には分かった。

 

「かなりショッキングな話だが、それでも知りたいのか?」

 

「……はい。お兄様のお心が軽くなるのでしたら」

 

「分かった。心を強く持って聞いてほしい……光宣と藤林さんは異父姉弟だ」

 

 

 深雪はしばらく反応を示さなかったが、兄の言葉を理解すると同時に、口を両手で覆った。

 

「そんな! だって、藤林さんのお母様は、光宣君のお父様の実の妹……」

 

「光宣は調整体だ。おそらくは人工授精で生まれているから、厳密には近親相姦ではないが、実の兄妹の間に生まれた子供であることには違いない」

 

「では……光宣君の体質は、近親相姦の弊害だと……?」

 

「断定はできない。問題は想子体のアンバランスにあるのだし、肉体的には健康なんだ。調整の段階で不具合が出たのかもしれない。だが、近すぎる遺伝子が原因である可能性も否定できない。魔法師開発研究所でも、親子間や兄弟姉妹間の遺伝子を使うことは避けられていた。遺伝子が想子体に、そして精神にどのような影響を与えるのか分かっていることはまだ少ない」

 

 

 深雪の顔から血の気が引いた。まるで自分の事のように、彼女は大きなショックを受けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十月二十七日、土曜日。いよいよ論文コンペを明日に控え、一高代表チームと警備を含めたサポートチームは午後から京都へ向かった。

 一高が定宿にしているCRホテルは、高校生が泊まるには高級すぎるきらいがあるのだが、一度定着すると中々変えるのも難しいし、あえてグレードを下げたいと言い出す生徒もいないので、昔からそのままになっている。

 

「到着~!」

 

 

 バスから真っ先に降りたのは、五十里とのバス旅行を満喫した花音で、最後にバスを降りたのは泉美だ。本当は深雪が生徒会長として全員の降車と忘れ物の有無を確認するつもりだったのだが、泉美が「そんな雑用は私が」と張り切って請け負ったのである。

 一高生が泊まる部屋は、和室よりも安いツインの洋室だ。達也と相部屋になったのは幹比古。もちろん偶然ではなく意図的なものだ。

 

「幹比古、後は頼む」

 

「任せて。一緒に行けないのは残念だけど」

 

「もしかしたら遅くなるかもしれない。戻ってこられないようなら連絡する」

 

「分かった。達也、気をつけて」

 

 

 達也は愛用の拳銃形態のCADシルバーホーンを差したホルスターをブルゾンで隠し、幹比古に手を上げて応え、部屋を出て行った。

 達也がまず向かったのは、一高生たちが泊まっているCRホテルよりも小さな、目立たないホテルだ。そこは黒羽家が仕事の際に常用しているホテルだった。

 

「こんにちは、達也兄さん」

 

「達也さん、お待ちしておりました」

 

 

 ロビーでは文弥と亜夜子が彼の事を待っていた。

 

「わざわざ来てもらってすまないな」

 

「いいえ、元はと言えば僕たちが持ち込んだ事案ですから」

 

「立ち話も落ち着きませんし、達也さん、お掛けになりませんか?」

 

 

 そういって亜夜子が達也をソファに誘導し、自分はテーブルを挟んだ向かい側に座る。そして文弥は飲み物を持ってきて、亜夜子の隣に腰を下ろした。

 亜夜子が遮音フィールドを展開する。不正魔法使用に対する警報は鳴らない。このホテルは達也が聞かされていたような、単に黒羽家が常用しているレベルではなく、完全に黒羽の――四葉の仕事用に改造されているようだ。

 

「これで良し、と。達也さん、ご依頼の向きは全て調っております」

 

「バイクは達也兄さんがお使いになっているものと同じ車種をご用意しました。駐輪場に駐めてあります」

 

「お召し物も、防刃・防弾効果付きの物をご用意しておりますが、お召し替えになりますか?」

 

「ブーツ、グローブ、ヘルメットも全て戦闘用の物を準備させてあります」

 

「至れり尽くせりだな……」

 

 

 予想を遥かに超えた力の入れように、達也は思わず笑いそうになった。無論、二人が真剣に考えてくれての事なのは分かっていたので、実際は笑いはしなかった。

 

「ありがとう。全て使わせてもらう」

 

 

 達也の言葉に、文弥と亜夜子が本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「それでは、お部屋にご案内します」

 

 

 亜夜子が飲みかけのティーカップを置いて立ち上がる。文弥も飲み物を残したまま立ったので、達也もそれに倣い飲み物を残したまま部屋に向かった。




そろそろIFネタを考えなければ……

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