劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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その声を聞いてみたい気もする……


感情の限界

 用意されていた着替えは、気味が悪いほど達也の身体にフィットした。どこからサイズを入手したのか、達也は非常に気にはなったが、なんとなく聞かない方が良いような気がしたので、質問するのは止めることにした。

 

「どの程度まで絞り込めている?」

 

「ほぼ特定できました」

 

「そうか、さすがは黒羽。それで?」

 

 

 達也の質問に、文弥はわずかな躊躇を見せた。

 

「それが、信じられないことですが」

 

「国防陸軍宇治第二補給基地。そこに匿われているとみてほぼ間違いありません」

 

 

 なおも言いにくそうにしていた文弥に代わり、亜夜子が答えを口にする。

 

「なるほど。中々見つからないわけだ」

 

 

 そう呟いて、達也は通信コンソールの所に移動する。

 

「文弥」

 

「はいっ」

 

 

 ぞっとするような硬質な声で呼ばれ、文弥が必要以上に畏まった声の応えを返した。この声は達也の感情が限界レベルまで達した証拠だ。

 

「外部への通信は可能か?」

 

「少しお待ちください」

 

 

 文弥が達也の横から手を伸ばし、キーボードでセキュリティコードを入力する。達也は文弥に促されて、コンソールの前に腰を下ろし、複雑なコードを入力する。五秒ほど待って、モニターに女性士官が現れた。

 

『達也くん、急にどうしたの?』

 

 

 達也が入力したのは、独立魔装大隊で響子に割り当てられた緊急呼出用のコードだった。

 

「少尉、自分は今、京都に来ています」

 

『そう……』

 

「見つかりましたか?」

 

 

 意図的に言葉を省いた達也の問いかけに、響子は諦め混じりのため息を吐く。

 

『周公瑾の潜伏場所は見当がつきました』

 

「どこです?」

 

 

 達也の端的な問いかけに、響子は苦しげな表情を見せた。

 

『……憲兵隊が出動する予定になっています。大黒特尉は介入しないでください』

 

「それは特務規則の適用対象になっていません。藤林さん、周公謹は何処にいるのですか? 協力を約束した九島家の縁者として、答えてください」

 

『……国防陸軍宇治第二補給基地の内部です。達也くん、もうこの件は国防軍に任せて。幾ら君でも基地に不法侵入したことが分かったら、ただでは済まないわ』

 

「分かりました。それでは」

 

『達也くん!?』

 

 

 何に対して「分かった」と言ったのか明らかにせず、達也は通信を切り、コンソールを操作して回線をロックした。振り返り、背後から目を丸くして響子とのやり取りを見ていた文弥と亜夜子に頷く。

 

「裏は取れた。計画は?」

 

「日没と同時に行動し、基地内へ侵入します」

 

「侵入経路は?」

 

「複数のゲートから堂々と入らせてもらいます。フェンスを乗り越えるような真似はいたしませんわ」

 

「もちろん、中から逃げ出された場合に備えて、ゲートの外にも人を配置しておきます」

 

「人数が心許ないな……」

 

 

 そう呟いて、達也は立ち上がった。

 

「文弥、亜夜子、俺は少し戦力を調達してくる。現地で落ち合う余裕はないかもしれないが、時間になったら俺も突入する」

 

「分かりました。達也兄さん、通信は繋がりませんので」

 

「達也さん、お気をつけて」

 

「文弥と亜夜子も、油断するなよ」

 

「はい」

 

「もちろんです」

 

 

 二人の返事に頷いて、達也はバイクが用意された駐輪場へ向かった。用意されたバイクはすぐに分かった。作戦開始まであまり時間がないので、達也はバイクを走らせたまま、ヘルメットに仕込まれた情報端末の無線インターフェイスによる音声入力で、一条将輝の通話番号を呼び出した。

 

『司波か? いったい何の用だ』

 

 

 将輝にとって、達也からの電話は意外なものであったらしい。仮に達也が将輝から急に電話を受けても、同じような反応をしただろう。

 

「一条、周公瑾の潜伏場所が絞り込めた」

 

『本当か!?』

 

「本当だ。今何処にいる?」

 

『上賀茂神社の近くだ』

 

「宇治二子塚公園南西の入口で、十七時まで待っている」

 

『十七時!? 分かった。時間までに向かう』

 

 

 将輝は恐らく、時間がないと言いかけたのだろうが、時間指定した意味をすぐに理解したようだ。無愛想に通信を切ったのは、すぐに行動を起こしたからに違いなかった。

 

「(俺も急ぐか)」

 

 

 将輝を呼びつけておいて、自分の方が遅刻したのでは無様すぎる。達也は高速へバイクを向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国防陸軍宇治第二補給基地の、ある建物の一室では、達也たちが探し続けてきた周公瑾が出立の身支度を整えていた。

 

「周先生、もうお発ちになるのですか?」

 

「波多江大尉。私もお別れするのは忍びないのですが、どうやらここを嗅ぎ付けられてしまったようです」

 

「そうですか。残念です。この基地にいる限り、十師族を名乗る成り上がりの魔法師如きには、先生に指一本触れさせないのですが」

 

 

 波多江大尉は、対大亜連合融和論者であると同時に、大陸の古式魔法に傾倒した現代魔法師を「百年足らずの歴史しか持たない成り上がりもの」と考えている墨守の傾向がある軍人であり、周公瑾の「自分は横浜事変に関わっていない」という主張を信じ込まされ、黒羽の追跡を現代魔法師による私的な報復とみて、正義感から周を匿っていた。

 

「仕方がありません。あちらには九島閣下がいますから」

 

「もっと仙術について、色々お教えいただきたかったのですが……」

 

「私はまだ、駆け出しの道士にすぎません。羽化どころか尸解への道も見えぬ未熟者です。他人様に術理を説くなど、まだまだおこがましくて……」

 

 

 周が何時もの言い訳で、波多江の要請をやんわりと拒絶する。波多江大尉は気を悪くした様子もなく、話題を変えた。

 

「それで、何時ご出立に?」

 

「夜の内にお暇しようと思います」

 

「確かに査察は明日の早朝から行われる予定ですから、その方が良いのでしょうが……」

 

「事前通告のない、抜き打ち査察の情報を掴んできていただいただけで感謝しております」

 

「しかし、夜間はゲートが閉鎖されておりますが」

 

「その程度は自分で何とかしますよ」

 

 

 自信ありげに微笑む周の顔に、波多江は彼の得意魔法を思い出した。

 

「そうでしたね。ではせめて、お車をご用意いたします。軍の車輌ではなく小官の私物ですから、そちらの方から追跡を受けることは無いと思います」

 

 

 軍用車に限らず、公用車には盗難防止の追跡装置が仕掛けられている。装置を誤魔化す手段もあるが、私有車を使う方が確実ではあった。

 

「何から何まで、お心遣い感謝します」

 

 

 周は丁寧に頭を下げて謝意を示したのだった。




文弥もびっくりするくらいですから、よほどの事なのでしょうね

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