劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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挿絵の文弥、完全に女の子だろ……


作戦開始

 文弥に借りたバイクにもたれかかっていた達也は、待つこと十五分で、接近する赤いバイクに気づいた。

 

「(赤が好きなやつだな)」

 

 

 なんとなく、心の中でそう呟く。三高のスクールカラーも赤系統なので、愛校心の現れかもしれない。

 

「待たせたな」

 

「いや、まだ指定時刻の十分前だ。作戦には十分間に合う」

 

 

 現在の時刻は十六時五十分。日没時刻は十七時十分だから、まだ時間的な余裕はある。少なくとも、将輝に作戦の詳細を説明する程度には。

 

「それで、どういう段取りなんだ」

 

「周公瑾が潜伏していると思われる場所は、あそこだ」

 

 

 そういって達也は、南の方角を指さした。

 

「あそこって……まさか、国防軍の基地内なのか!?」

 

「国防陸軍宇治第二補給基地。あそこに周公瑾が潜伏している可能性が高い」

 

「……確かなのか?」

 

「可能性だ。それを確かめる為に踏み込む」

 

「基地の中へか!?」

 

「周公瑾の捕縛には、ある魔法師集団が秘密裏に動員される」

 

「憲兵隊とは別に、と言う事か?」

 

「そう。正式ではない作戦と言う事だ。もうすぐ彼らが、各ゲートから基地内に侵入する」

 

「ゲートから? ……そうか、系統外魔法の使い手なんだな?」

 

 

 将輝の問いに、達也が頷く。将輝はそれで「秘密裏に動員された魔法師集団」の正体に見当をつけた。

 

「司波、お前は……」

 

「俺は、彼らとは別口だ。そろそろ時間だな。俺はフェンスを飛び越えて基地に侵入する。一条、お前はどうする?」

 

「……俺も行く。元々、俺が去年あの男に騙されなければ片が付いていた事だ。知らん顔は出来ない」

 

 

 様々な葛藤の末に、将輝は基地内に侵入することを決意した。

 

「作戦開始五分前。行くぞ、一条」

 

「分かった」

 

 

 二人は同時にヘルメットを被り、バイクに跨って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也たちが基地に侵入しようと動き出したのと、時を同じくして、平等院のすぐ側に架かる宇治橋の東側に、一台の車が停まった。

 

「ありがとう。用が済んだら呼ぶから、適当な所で待っていてくれる?」

 

 

 運転手にそう声を掛けて車から降りてきたのは、目を疑うような美少年だった。ちょうどその場に居合わせた通行人が、魂の抜かれたような顔で彼を見つめる。日が落ちる直前の時間帯と言う事もあって、光宣はこの世のものならぬ幽玄美を漂わせていた。

 

「光宣様、ここでお待ちになられるのですか?」

 

「そうだよ」

 

 

 達也たちに向けていたものとは明らかに違う、人を使うことに慣れた口調で護衛役の問いかけに答える光宣。

 

「周公瑾が包囲からの脱出に成功したら、必ずここに逃げてくる。その時は僕が足止めしなくちゃだからね」

 

「しかし宇治川を渡るにしても、大島にも橋はありますが」

 

「あっちは高架道路専用でしょう? いったん高架道に上がってしまうと、逃げ場が限られてしまうからね。鬼門遁甲が真価を発揮する為には、八方向へ移動する自由が必要だ。周公瑾は高架道を使わないよ」

 

「しかし、東に逃げるという可能性も……」

 

「東は高峰山だ。これまでの逃走路から見て、周公謹は山の中よりも町中を好む。彼の鬼門遁甲はそういう技なんだろうね」

 

「ですが」

 

「うるさいな」

 

 

 なおも懸念を述べようとするボディガードの言葉を、光宣は高圧的に遮った。

 

「僕の推理が間違っているというのか? 達也さんも認めてくれた、僕の推理が」

 

 

 ボディガードは黙り込み、それ以上何も懸念を口にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始時刻になり、文弥は部下たちに声を掛けた。

 

「時間だ。作戦開始」

 

「はっ、承知しました、若」

 

「バカヤロー、お嬢様だろうが! 若の女装を」

 

「うるさい!」

 

 

 部下たちの口論を「ヤミ」となった文弥が遮った。

 

「無駄口を叩いてる場合か! 作戦開始だ!」

 

「ハッ!」

 

 

 部下たちが一斉に片膝をついて頭を下げると、蜃気楼のように黄昏の空気に溶けていった。

 

「まったく……あれが黒羽きっての幻術使いたちだなんて……」

 

「ヤミちゃん、そのあたりは割り切って使うしかないわ。有能無能と性格の善し悪しは別だもの。善良で無能な部下より、性格が悪くても有能な部下の方がいいでしょう?」

 

「そりゃあ、そうだけどさ……」

 

「それよりヤミちゃん、始まったわよ」

 

 

 基地内で派手に鳴り響く警報。彼の部下がそんなドジを踏むわけがない。性格に多くの難があるとはいえ、その能力は文弥も認めざるを得ないところだ。

 

「達也兄さんかな」

 

「ええ。囮になってくださっているのでしょう。北側から南へ、得物を追い立ててくださるおつもりなのではないかしら」

 

「達也兄さん、何故そんな危ない真似を」

 

「達也さんには自信があるのよ。どれほどの危殆に瀕しても、自分ならば切り抜けられると。だから進んで一番危険な仕事を引き受けてくださるのだわ」

 

「……そうだね」

 

「わたくしたちが達也さんのお心遣いを無駄にしては、それこそ申し訳が立たないわよ。周公瑾を確実に追跡しないと」

 

「分かっている」

 

 

 文弥の背後には、濃紺に塗装された小型乗用車が控えていた。戦車に等しい強度の車体に、レーシングマシンに匹敵するエンジンを積んだ、特注のロボットカーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国防陸軍宇治第二補給基地内に警報が鳴り響き、さらに発砲音まで聞こえてきた。

 

「何事だ!」

 

「基地内に侵入者です! 賊は二名! いずれも魔法師と思われます!」

 

「何ぃっ!? 状況は!?」

 

「賊は補給物資を破壊しながらこちらに向かってきております。応戦するも、止まりません!」

 

 

 非常警報にも顔を上げず、荷造りをしていた周公瑾が、パチンと音を立てて鞄を閉め、静かに立ち上がった。

 

「丁度良い」

 

「はっ? 周先生、何を……」

 

「丁度良い機会です。皆さんは侵入者を排除してください。基地の全戦力を使って。大尉さん、お言葉に甘えて、車はお借りしていきます。鍵を」

 

 

 波多江がぎこちない動作で周に車の鍵を差し出した。

 

「さぁ、何をしているのです。賊は排除しなければ。基地に侵入するような不届き者は、死体の欠片も残らぬくらい、徹底的に消し去らなければ、軍の威信を保てませんよ」

 

「そうだ。これは国防軍の威信に対する挑戦だ。甘く見られるな。徹底的に叩け」

 

「ハッ!」

 

 

 セリフの内容に反して熱の無い口調。踵を返して部屋を出ていく波多江と部下の首筋には、蜘蛛に噛まれたような痕があった。




光宣の達也シンパが止まらない……

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