基地に侵入した二人は、バイク用のフルフェイヘルメットを被ったままだが、念のため達也は監視カメラを探り出し、片っ端から分解していった。
「その魔法は何だ!?」
「そんなことを言ってる場合か」
「そんな魔法は聞いたことが無いぞ!」
将輝がそう叫んだのも、仕方がない事かもしれない。彼が達也の「分解」をみるのは、これが初めてだ。達也がCADを向けた先で、武器が、兵器が、バラバラに分解されて地面に散らばる。
「それより燃料の処理がおくれているぞ」
「手間がかかるんだよ、これは!」
「爆発させるだけが芸ではないだろう」
「分かっている!」
二人が手当たり次第に兵器を壊していると、浴びせられる銃撃がいきなり激しさを増した。銃弾も無力化用のゴム弾ではなく、実弾に変わっている。
「撃ってきたぞ!」
「実弾か。どうやら彼らも操られているようだな。あの古式魔法師と同じだ」
建物の陰から轟音と共に戦車が現れる。それも一両だけでなく四両で戦列を組んで。
「おい、戦車まで出てきたぞ!」
「呆れたな。内戦でもやらかすつもりか。一気に行くぞ。爆発させるなよ」
「無茶を……ええい、任せろ!」
泣き言を言っている場合ではないと理解し、腹をくくった将輝が、エンジンから漏れ出た燃料を気化させ、拡散して大気に混ぜた。
「お見事」
「お前に褒められても嬉しくない」
「深雪に褒めてやるように言おうか?」
「ば、馬鹿言うな! そんな場合か! それより、行くぞ! 周公瑾を逃がしては……ヤツだ」
「何?」
将輝の見ている方へ、達也が「眼」を向ける。周公謹はガンメタのセダンタイプに乗って南ゲートに向かっていた。
「(……これは?)」
周のエイドスの中に、覚えのある異物が混じっているのを達也は感知した。彼の物ではなく、彼の中に食い込んでいるものを。
「(蜂の一刺しか……貴方の死を、無駄にはしない)」
達也は一度会っただけの、他人でしかない故人に、都合の良い誓いを立てた。
車を南に走らせながら、周公瑾はかつてないじわじわと締め付けられているような感触を覚えていた。結果だけ見れば、今日の所も間一髪で敵の手を逃れられた。
いろいろと考え事をしていたせいか、周公謹が車の走行を遮るように車道に立つ人影に気づいたのは、車の衝突防止装置が作動を始めてからだった。
周はクラクションを鳴らそうとして、彼らしくもなく顔色を変えた。この世の物とも思えぬ白皙の美貌。彼はこの少年に見覚えがあった。
「九島光宣! 何故ここに!?」
周が警戒しなければならないと心に留めていた、数少ない魔法師。周は懐から令牌を取り出し光宣に向けた。黒い一角獣が令牌から飛び出し、目にも留まらぬ速度で光宣に向かって突進する。人が反応出来るスピードではなかった。
光宣はその突進を躱すことが出来ず、黒い獣の角は光宣の身体を貫き――そのまますり抜けた。
「『
周公瑾はこの魔法を知っていた。彼に「パレード」は破れない。その事実を一度の攻防だけで理解させられた。
光宣はわざと攻撃を外し続け、周公瑾にありったけの影獣を令牌から吐き出させた。そして黒いハンカチを使って姿を消した周公謹を、エイドスを視る光宣の眼は見失っていなかった。
周公瑾は時速四十キロから五十キロの速さで宇治川沿いに下流へと逃げていた。水滸伝で有名な「神行法」という名の道術だ。基地の方へ逆戻りしている恰好だが、途中高架道路の橋が架かっている。その橋の下側を伝って、対岸へ渡るつもりだった。
しかし突如、彼の行く手に少女が現れた。道端から飛び出してきたとかではなく、空中からいきなり現れたのだ。
「疑似瞬間移動!?」
ボブカットの少女が、ジャンパースカートの裾をなびかせて、ナックルダスターをはめた拳を突き出す。拳が届く間合いではないが、周は右足に立っていられなくなるほどの激痛を覚えた。
周は咄嗟に白いハンカチを広げた。その陰で右足の感覚を遮断するツボに針を立て、予備に持ってきた最後の令牌を懐から取り出す。
視線を遮る布が落ちた時、その先には少女ではなく、赤い拳銃形態のCADを構えた凛々しい顔立ちの少年がいた。
「一条将輝……!」
「久しぶりだな、周公瑾。あの時は随分と虚仮にしてくれたな」
周は宇治川に飛び込もうとしたが、それを制するように川面が爆発した。
「一条家の『爆裂』を前にして水の中に入るのは、爆弾の山に突っ込むのと同じだ」
背後からの声に、周公瑾が振り向く。
「司波達也……」
周は全力で鬼門遁甲と行使し、達也の横をすり抜けようとする。だが彼の目の前に、達也の手刀が迫った。それが鋼をも断ち切る妖刀の切れ味を持っているのを知っている周公瑾は、感覚のない足でバックステップせざるを得なかった。
「何故私の遁甲術が通用しないのです?」
この期に及んでなお、周公瑾は笑みを浮かべている。余裕かはったりか、将輝にはその真意が分からなかった。達也にはその真意など、どうでも良い事だった。
「鬼門遁甲、見事なものだ。至近距離では効力を失うと聞いていたんだが……お前の術は確かに通じていた。俺にはお前が横をすり抜けようとするのは分からなかった。だがお前の姿は見えなくても、お前の中にある名倉三郎の血の動きは分かった」
「名倉三郎の血……あの時の」
「血で作った針を打ち込まれでもしたか? 名倉三郎の血が残っている限り、お前は俺から逃げられない」
「ここまでですか……」
周公瑾は大きくため息を吐き、次の瞬間、将輝に向かって跳躍した。周公瑾が跳躍した瞬間、将輝は赤いCADの引き金を引いた。殆どタイムラグがなく発動する魔法は「爆裂」。全身の血を気化するのではなく、局所的な血を気化する改良型。周公瑾の両足、ふくらはぎが内側から弾けた。
次回で本編は終わりですかね