論文コンペ終了後、関係者控室にやって来た達也を五十里と三七上が出迎え、残りのメンバーを残して控室を後にした。残されたのは、呼ばれた達也と、もう一人のメンバー、中条あずさだった。
「中条先輩、お疲れ様でした」
「司波君……負けちゃいました」
「あれは二高の発表を素直に褒めるべきですね。光宣を使ったインパクトもですが、内容も素晴らしいものでしたから」
「司波君は、二高の九島君と知り合いなのですか?」
達也の呼び方に引っ掛かりを覚えたあずさは、論文コンペには関係のないところで達也に問いかけた。
「別件で知り合いました」
「そうですか……私のせいで、二高に負けたんですよね」
「何故そう思うのですか?」
達也が見た限りでは、あずさが足を引っ張っていたようには思えなかった。むしろ、三人とも自分が出来る最大のパフォーマンスをして、それでも二高に敵わなかったように思えていた。
「私じゃなくって司波君が代表なら、二高にも負けないプレゼンが出来たと思います……五十里くんも三七上くんもしっかり自分が出来る最大限の準備をしたのに、私がダメだったから……」
あずさのマイナス思考は、前々から気になっていた達也だったが、ここまで酷いとは正直思っていなかった。
「去年の司波君の実績から考えれば、やっぱり私じゃなく司波君が……」
「中条あずさ!」
「は、はい!」
いつまでもへこたれるあずさに一喝し、達也は出来るだけ優しい表情を作った。
「先輩はもう少しご自身の実力を正確に認識した方が良いですよ。今回だって、先輩たちは精一杯の準備をしていましたし、発表も素晴らしいものでした。ただ、単純に二高の発表の方が素晴らしかっただけで、先輩たちには何の落ち度もありませんよ。いつまでも自分を責めるのではなく、優勝した二高を褒めましょう。自分たちより上がいると言う事は、努力する糧になるとでも考えればいいのですから」
「ですが、二高の発表が素晴らしかっただけでしょうか? やっぱり私が足を引っ張ったから……」
「五十里先輩や三七上先輩は、中条先輩の事を責めましたか?」
「いいえ……でも、二人とも優しいから、思ってても口にしなかっただけじゃ……」
「本当に中条先輩が悪いと思っていたのなら、俺に先輩のフォローを頼んだりしませんし、扉越しに聞き耳を立てたりもしませんよ」
「えっ?」
達也が音もなく扉に近づき、勢いよく開けると、五十里と三七上が部屋に倒れこんできた。
「あ、あはは……やっぱり司波君には気づかれてたか」
「先輩たちは、二高に負けたのは中条先輩の所為だと思いますか?」
「いいや、あれは俺たちの力不足だ。二高のテーマが素晴らしかったのもあるが、もう少し掘り下げて発表していれば、俺たちが勝てていたかもしれない。だから、負けたのは俺たち三人の所為だ。中条一人が背負うものじゃない」
「そうだね。僕ももう少し可能性を考慮しておけばよかったって、今は思ってるよ。司波君にアドバイスをもらっておけば、とも思うけどね」
「俺が手伝ったところで、光宣には敵わなかったと思いますよ。先輩たちが出来なかった事を、俺が出来るとも思えませんし」
「……五十里くん、三七上くん、心配掛けちゃってごめんなさい。司波君も叱ってくれてありがとう」
ようやく顔を上げたあずさに、三人はそれぞれ若干違う笑みを見せる。五十里は素直な笑み、三七上は悔しさを隠した笑み、そして達也は苦みを含んだ笑みを見せた。
「そういえば司波君、君の用事は終わったのかい?」
「ええ、論文コンペの警備を兼ねての応援でしたので、コンペが終われば俺の用事も終わりです」
「魔工科生だが、戦闘技術では俺たちより数段上にいるからな、君は」
「あくまでも吉田の手伝いです。俺が率先してやろうと言ったわけではありませんよ」
「だが、君は服部や沢木より強いのだろ? 学園最強と言われている二人より強いとなると、君が真の最強かもしれないじゃないか」
「真正面から魔法を撃ち合えば、確実に俺が負けます。あのお二人の魔法力と勝負しても、俺じゃ相手になりませんよ」
学園最強とは、魔法技能を使っての勝負で決まることだが、達也のは不意打ちや身体能力で勝利する戦い方なので、魔法科高校の中の最強には当てはまらない、と自分では思っていた。
「いや、戦術も立派な最強を決める項目だと思うぞ。去年の十文字先輩は、魔法力、戦術、身体能力とすべてがずば抜けていたが、服部や沢木だって魔法力だけじゃないだろ? だから、君が魔法力で劣ってると思っていても、戦術と身体能力ではその二人を上回っていると考えればいいじゃないか」
「実際に司波君は、九校戦で作戦参謀を立派に勤め上げましたからね。私では市原先輩と同じように――いえ、それ以上の作戦を立てることは無理だったと思います」
「そうだね。新人戦の選手の選出なんて、僕や中条さんじゃ考えつかないような決め方だったもんね。四高の黒羽姉弟の実力を知っていたかのような人選だったから」
事実知っていたのだが、達也が四葉縁者だとは微塵も思っていない五十里は、純粋に賛辞を述べた。
「雫から情報をもらっていましたからね。四高にすさまじい能力を持った新入生がいると。だから花形競技は一位ではなく二位を狙う人選をして、泉美と香澄を確実に勝てる競技に推薦しただけです」
「そんなことまで考えていたのか。やはり君は参謀向きなのかもしれないな。随分と武闘派ではあるが」
「十文字先輩のような感じなのかな? でも、司波君は正面からだけじゃなく、不意打ちも得意だしね」
「十文字先輩のように、真正面からすべてを受け止められるだけの魔法力が無いですからね。ところで、先ほどから部屋の前でうろうろしてる人が多数いるのですが、そろそろ招き入れてもよろしいですか?」
五十里、三七上が頷き、あずさに視線を向けると、あずさも頷き肯定したので、達也は扉を開け、来客を部屋に招き入れたのだった。
多分あーちゃんはビクッってなったでしょうね