劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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おまけはこれで終わりです


論文コンペ後 その3

 二高の生徒である光宣が訪ねてきた事で、達也と真由美以外のメンバーは驚きを隠せなかった。だが光宣はそんなこと気にした様子もなく、一直線に達也の前まで移動した。

 

「達也さんも発表を聞いてくださっていたんですね」

 

「あぁ。例の件も光宣たちの手伝いがあって片付いたからな。今日は普通にコンペを見学していた」

 

「あの時は体調を崩してしまって、本当に申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。最後にはちゃんと手伝ってもらったからな」

 

「あの、司波君……九島君はどのような用件でここに来たのでしょうか?」

 

 

 一高の控室に二高の光宣が訪ねてきたのだ。あずさの疑問も当然のものだろう。だが去年も似たようなシチュエーションを体験した達也にとって、別に気にする必要はないのではないかと思えていたのだった。

 

「中条先輩、発表前ならともかく、コンペは既に終了しています。そこまで神経質になる必要はありませんよ。おそらく光宣は、先輩たちに挨拶に来たんだと思いますし」

 

 

 達也がアイコンタクトで光宣に合わせるように告げると、光宣は心得たとばかりに五十里達に視線を向けた。

 

「第二高校一年、九島光宣です。今日は素晴らしい発表を見させていただきました」

 

「第一高校三年、五十里啓です。こちらこそ、素晴らしい発表でした」

 

 

 代表三人と光宣が話している横で、真由美が達也に近づき、彼にだけ聞こえる声で話しかける。

 

「光宣くんも、名倉さんを殺害した犯人の追跡を手伝っていたのよね?」

 

「ええ。その男は、横浜事変の黒幕とされていましたので、藤林さん経由で九島家に協力を要請し、そして光宣を案内役として同行させたのです」

 

「へぇ、九島家に協力を、ねぇ……それって現当主の真言さんに? それとも老師にかしら?」

 

「後者ですね。個人的に貸しがあったので、それを返してもらっただけですが」

 

 

 達也のセリフに、真由美が訝しげな視線を達也に向ける。彼の事情をある程度知っている真由美でも、十師族の頂点とも言われている九島烈に「個人的な貸し」があるなど信じられなかったのだろう。

 

「何をさっきからこそこそと話してるんだ?」

 

「摩利にはあまり関係ない事よ。達也くんがどうやって光宣くんと知り合ったのか気になったの」

 

「それなら別に、こそこそする必要はないだろう? あたしも気になるし」

 

「七草先輩に説明しましたので、渡辺先輩も気になるのでしたら七草先輩から聞いてください。俺はそろそろ戻りますので」

 

「あっ、じゃあ僕も失礼します。達也さん、響子姉さんが会いたいそうです」

 

 

 光宣はこの控室にやって来た本来の目的を思い出し、それを達也に告げた。確かに代表の人と話せれば、とは思っていたのだが、それはあくまでもついでの用事だったのだ。

 

「藤林さんが? 何の用件か聞いているか?」

 

「いえ、そこまでは……」

 

「分かった。では先輩方、俺はお先に失礼させていただきます」

 

 

 五十里達に一礼して、達也は控室から出ていく。その後を光宣が慌てて追いかけていく姿が、真由美たちには印象深かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶室で待っていた響子を見つけ、達也は彼女の前に腰を下ろした。付き添いの光宣は、響子の隣に腰を下ろす。

 

「何の御用でしょう? 光宣をメッセンジャーとして使ったと言う事は、軍の事ではなく九島家としての事ですよね?」

 

「その通りよ。今回の件、九島家縁者として協力を終了させることをお伝えします」

 

「承りました。ご助力いただき、感謝しております……と、老師にお伝えください」

 

「祖父は何もしてないけどね」

 

 

 達也の堅苦しい話し方が可笑しかったのか、響子は若干笑みをこらえてそんなことを言った。

 

「こちらとしては、まだ達也くんに作った借りを返せてないとは思ってるけどね」

 

「あの事は既にこちらの手を離れていますので、それほど重く考えなくて結構です。俺としても、今回の件で清算したと思っていますので」

 

「何の話です?」

 

 

 パラサイドールの一件を知らない光宣が首を傾げながら響子に問いかけるが、彼女はその事には答えなかった。

 

「お祖父様と叔父様がちょっとね……その後始末を達也くんに手伝ってもらったのよ」

 

「そうだったんですか。達也さんとは、不思議な縁があるものですね」

 

「そういえば光宣、体調はもういいのか?」

 

「はい。あの日以降、新しいお医者さんにかかることになりまして、そのお陰か体調はすこぶる良いですよ。響子姉さんの話では、達也さんの助言のお陰だって」

 

 

 達也が視線を向けると、響子はバツが悪そうに視線を逸らした。詳しい事は話していないのだろうが、いきなり医者を変えることを正当化するために達也の名前を使ったのだろう。

 

「達也さんのお陰で、僕は論文コンペにも参加出来ましたし、これからは頻繁に学校を休むことも無くなると思います。本当にありがとうございました」

 

「そうか、良かったな」

 

「はい!」

 

 

 そう言うしか無かった達也の心境は、光宣には分からなかっただろう。だが、隣に座っている響子には理解できるのか、光宣に見えない角度で手を合わせて謝っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都から帰京し、深雪と水波に強制的に寛がされていた達也は、今回の件がどのような意味を持っているのかを考えていた。

 

「命令でなくお願い……叔母上は今回の件は断ってもいいと文弥にそう言ったんだよな……つまりは俺の忠誠心を試すためか……分家の方々を納得させるのは、俺の仕事ではないからな」

 

 

 自分に課せられた運命を鑑みながら、達也はそんなことを呟いた。

 

「お兄様、何かお悩みですか?」

 

「ん? いや、今回の一件を振り返ってただけだよ」

 

「文弥君と亜夜子さんが、凄く嬉しそうに報告してきたと、先ほど葉山さんから電話を受けた水波ちゃんから聞きました。相変わらずお兄様は好かれておいでですね」

 

「再従兄弟だから、別に不思議はないだろ。それより、深雪も疲れてるだろうし、今日はもう休みなさい。俺もすぐに休むことにするから」

 

「……分かりました。それじゃあ水波ちゃん、後はお願いね」

 

「畏まりました、深雪姉さま」

 

 

 深雪を見送った後、水波は葉山から預かった伝言を達也に告げる。

 

「慶春会の席で、達也様の立場を明らかにするそうです」

 

「そうか……叔母上には思いとどまってもらいたいものだが」

 

 

 深雪も知らない秘密を、達也は一人部屋に戻りため息と共に思考の外に吐き出したのだった。




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