京都から帰って来た達也を待っていたのは、雫の熱烈な出迎えだった。
「お帰りなさい。一日延びたんだね」
「色々あってな。これ、頼まれてたお土産だ」
達也は深雪たちと別れた後に買った生八つ橋を雫に渡すが、雫はそれよりも達也にしがみついて離れなかった。
「雫、そろそろ離れてくれないか?」
「嫌、もう少し」
「今日はもうどこにもいかないんだし、くっついてる理由は無いだろ?」
「ある。寂しかったもん」
一泊二日の予定が、急きょ二泊三日に変わった所為もあるが、雫は単純に会えなくて寂しかったのだった。それが一日であろうが二日であろうが、彼女にとって会えない寂しさには変わらないのだから。
「今日は家にお帰り。明日、また会えるんだから」
「嫌……今日は達也さんと一緒に寝る」
「……深雪にちゃんと言ってあるんだろうな?」
「問題ない。私は彼女、深雪は妹。立場は私の方が上」
達也が言いたかったのはそういう事ではなく、アポなしで雫が訪ねてくると、深雪だけではなく水波の機嫌までも悪くなり、後でフォローするのが大変だからなのだが、雫はそんなことは関係ないと考えているらしい。
「達也さんは優しいから、深雪や水波にも気を使ってるけど、本当ならあの二人が嫉妬する理由が分からない。妹と従者なんだから、お兄さんの幸せを願うのが普通じゃないの?」
「そうはいってもな……毎回魔法戦争寸前までヒートアップするのを宥める俺の身にもなってほしいんだが」
「達也さんなら、どんな怪我を負っても大丈夫でしょ?」
「心労の問題だ」
肉体的疲労なら問題ない達也だが、精神的問題は彼もキツイものがあるのだ。
「それじゃあ、達也さんの部屋に帰ろう」
「はぁ……せめて深雪に電話を入れさせてくれ」
今更遅いかもしれないが、何の連絡なしに雫を連れていくよりかは、幾分マシだろうと、達也は端末の音声ユニットを呼び出し、深雪に電話を入れたのだった。
玄関で一悶着あったが、雫は達也の部屋――達也のベッドに入り込むことに成功した。
「雫、風呂にでも入ったらどうだ?」
「達也さんと一緒に?」
「……別に構わないが」
「じゃあ入る」
ここ最近の雫は、周りに見せつけるように達也に甘える場面が増えてきている。真由美というライバルが卒業して少しは精神的余裕が出来るかとも思われたが、泉美と香澄に加え、なぜかケントにまで懐かれているので、雫としてはより見せつけるように行動しているのだ。
「そういえば達也さん、京都で七草先輩と一緒だったんだってね」
「よく知ってるな」
「さっき深雪から聞いた。何の用事だったの?」
「詳しい事は先輩の許可なく話せないが、俺の仕事と無関係ではなさそうだったので手伝っただけだ」
「それは、もう終わったの?」
「いや、まだだ。だが、先輩と行動することはもうないだろう。欲しい情報は手に入ったし、後は実家に任せれば、俺はそいつを仕留めるだけで良いんだからな」
「そう……達也さん、四葉から強制されてるわけじゃないのに、なんで今回の依頼を受けたの?」
雫には、達也と深雪が四葉縁者であることも、今回の任務が強制ではないことも話してある。だからこそ、雫は今回の京都行に納得していないのだ。
「強制ではないにしろ、実家からの依頼を断るのは、立場を悪くするだけだ。俺一人なら問題ないが、深雪の立場まで悪くしては、付け入ろうとする分家の連中が出てくるかもしれない。そうなると叔母上までもが暴走するかもしれないからな」
「極東の魔女……四葉真夜」
「俺には意外と甘いところが多い叔母上だが、世間一般と四葉家内のイメージは同じだからな。逆らえばどうなるか分からない」
達也の彼女として、一応の紹介はされているので、雫も真夜に会ったことはある。その時の雰囲気は、確かにイメージとは違うものだった。だが、あれは達也が一緒にいたからで、もし一人で会っていたらと、雫は今更ながらに恐怖を抱いたのだった。
「達也さん、論文コンペが開催されている間に終わらせるつもり?」
「それがベストだろうな。そう何度も学校を休むわけにもいかないし」
「一人で大丈夫? 何なら私も……」
「雫、これは裏の仕事だ。表世界の雫が足を踏み入れて良い領域じゃない」
達也の纏う雰囲気が変わったので、雫はハッと息を呑んだ。何度か感じたことはあるが、達也の纏う殺気に、雫は慣れることはなかった。
「雫は、俺が戻ってくるのを待っていてくれればいいんだ。無理に一緒に戦わなくても、雫と一緒にいられる時間はあるんだから」
「でも、達也さんは深雪を戦場に連れていくこともあるでしょ? 現に、今回深雪と一緒にいる時に襲われたんだし」
「あれは戦場ではなく、ただ奇襲を受けただけだ。雫やほのかが一緒でも、あの場面では襲われていただろうし、深雪だけを特別視しているわけじゃない。まして、本当の戦場ならば、深雪はおろか水波すら連れて行かない。あいつらには関係のない世界だからな、あそこは」
ここが風呂場であることを忘れ、雫は自分が戦場にいるような錯覚に陥った。あまりにも、達也が纏う殺気が濃くなったからだ。
「寒いのか?」
「違う……達也さんの殺気に中てられただけ」
「それほど纏ったつもりはないんだが……これで大丈夫か?」
震える雫を抱きしめ、達也が安心させるように彼女の髪を撫でる。それだけで雫は、さっきまで感じていた恐怖を払拭したのだった。
「やっぱり達也さんは、何時もの雰囲気の方が落ち着く」
「そりゃ、殺気を浴びて落ち着く人間などいないだろ」
「真剣な達也さんもカッコいいけど、こうして抱きしめてくれる、頭を撫でてくれる優しい達也さんの方が、私は好きだよ」
「そうか」
一緒に入浴していたことが深雪にバレ、この後大変な事になると分かっていながらも、達也と雫はこの時間を満喫することにしたのだった。
もっと甘く出来た気もしますが、砂糖吐きたくなかったので……