真由美は、自室で自分の失態を恥じていた。酒の所為ということもあるが、まさかあのようなタイミングで達也に下着姿を見せることになるとは思ってもみなかったのだ。
「私の馬鹿! 何であんなことしちゃったんだろう……それに、見せるならもっと可愛らしいものを……って、そんなこと考えてどうするのよ! 達也くんには待ってろって言われてたけど、本当はこっそりついていこうと思ってたのに、朝起きたらもういないし、頭痛いし、下着姿だったしでもう最悪よ!」
せっかく深雪やエリカといった邪魔者――付き合っているとはいえ、隙あらば達也に甘えようとするのだ――が帰京して、二人きりの時間が持てると思っていたのに、まさかの失態を演じてしまった自分に、真由美は腹が立っていた。
「達也くんは私に――淑女には見せられない方法で敵を追い詰めるって言ってたけど、達也くんの本当の魔法を見たら、何でも大丈夫だと思うんだけどな……」
達也本来の魔法『分解』を見たことがある真由美は、それ以上に悲惨な光景が繰り広げられるなど考えられなかった。だからこっそりついていくつもりだったし、ちょっとしたデート気分を味わおうとも思っていたのだった。
「あーあ、なんで三杯も飲んじゃったんだろう……」
後悔先に立たず、今の真由美にはピッタリの諺だった。
ホテルに戻って来た達也を問い詰めた後、真由美は機嫌よさそうに腕を組んだ。
「達也くん、乙女の柔肌を見たんだから、責任とってくれるわよね?」
「責任を取れと言われましても、あれは先輩がやれと言ったんですよね? 確かに見ましたが、あれは不可抗力というか先輩の責任では?」
「むぅ……達也くん、まだ私の事を『先輩』って呼んでる。せっかくきっかけをあげたのに、元に戻るの早すぎるわよ」
「はぁ……では真由美さんの自己責任では? いくら酔っていたとはいえ、カードキーを胸元に挿し込もうとしたときは、本気で呆れました」
「それは忘れて! 何で記憶は残るんだろう……」
思考能力は低下するが、記憶ははっきりと残るタイプの真由美は、自分の体質を恨んだ。いっそのこと記憶も失っていれば、これほど恥ずかしい思いをすることも無かっただろうと。
「じゃあ、デート一回で許してあげる。今から行きましょ」
「今から、ですか? これから帰京して真由美さんを自宅までお送りするつもりだったのですが」
「その前に、観光でもしましょうよ。せっかく京都にいるんだし、最終で帰れば明日の授業には間に合うはずだもの」
「……せめて東京にしましょうよ。京都には土地勘がありませんし、捜索ついでに散策もしましたので」
「それ、何時の事?」
「昨日ですよ。光宣に案内してもらって、深雪と水波と一緒に。俺は捜索だけのつもりだったんですが、深雪と水波が散策したいと言い出しまして」
実際はそのような空気を醸し出しただけで、声に出したのは達也だ。だが真由美にはそのような事を知りようもないので、達也は事情の細部を端折って伝えた。
「東京でも良いけど、あまりデートっぽい場所は無いわよ? もう結構行き尽してるから」
「買い物でも食事でも、お付き合いしますよ」
「じゃあお買い物に行きましょう。もちろん、達也くんに選んでもらうからね」
「畏まりました、真由美お嬢様」
「それ、面白くないわよ」
バーで関係を聞かれた時、達也は令嬢と護衛という方便を使い、それで真由美の機嫌を損ねたのだ。だが今回は真由美も笑っているので、とりあえずは機嫌が直ったと言う事なのだろうと解釈したのだった。
それなりに目立つ達也と、低い背に平均的な胸を持つ真由美は、一緒に歩いているだけで目立つ。まして真由美は、去年まで九校戦に参加しており、テレビでその姿を見た事のある人は少なくない。一方の達也も、去年モノリス・コードで十師族・一条家の跡取りである、将輝を真正面から倒した実績を持っている。つまり、かなり見られるのだ。
「やっぱり帽子とか被った方がいいのかな?」
「どちらにしろ目立ちますし、被らなくてもいいのではないでしょうか。もちろん、真由美さんが被りたいのなら別ですけど」
「達也くんはどっちが良いと思う?」
「俺はどちらでも。真由美さんが被りたいのでしたら被ればいいですし、なくてもいいのでしたらそのままで」
「おしゃれするかどうか迷ってる彼女に、その対応は冷たいんじゃない?」
言葉だけなら責めているようにも聞こえるが、真由美の顔は笑っている。本気で責めているわけではないのだが、ちょっとしたからかいをするチャンスだと思ったのだろう。だが、この鋼の心を持つ達也に、そんなからかいは通用しなかった。
「俺は、真由美さんの服装やアクセサリーの違いで、好きになったり嫌いになったりしませんので、真由美さんが帽子を被りたいと思うのであれば、それは真由美さんの自由にして構わないと思っただけですよ」
「達也くん……そんな恥ずかしい事を真顔で言うの止めてちょうだい」
「そうですか? それは失礼しました」
感情がない達也にとって、恥ずかしい事を言ったつもりも無ければ、真由美が照れている理由も分からない。まぎれもない本音を伝えただけで、照れられる覚えは達也には無かったのだ。
「不意打ちで、しかも真顔で言われれば照れるわよ。まぁ、達也くんの事情は知ってるけどさ」
「とにかく、俺が言いたいのは、真由美さんの意思を尊重すると言う事です」
「分かったわ。でも、たまにおしゃれしたら褒めてほしいかな」
「それはもちろん。彼女の努力を無視するほど、俺は冷たい人間ではありませんので」
それはどうなんだ、と真由美はツッコミたかったが、確かに達也は服装やアクセサリーの違いを毎回目敏く見つけて褒めてくれるのだ。それを知っていたから、真由美はツッコミのセリフを飲み込み、代わりに笑みを浮かべたのだった。
達也イケメン……