論文コンペも終わり、一先ず落ち着いた日常を取り戻した第一高校では、二組のカップルが言い争っていた。
「だから、啓だって無理だったのに司波君が出来る訳ないじゃない!」
「達也くんなら問題なく勝てたと思いますよ。啓先輩も凄いですが、達也くんの方がもっと凄いんですから」
否、言い争っているのは彼女側だけで、彼氏側は苦笑いを浮かべながらそのやり取りを眺めたいた。
「毎日毎日、ごめんね、花音がエリカくんに突っかかって」
「エリカも同罪ですから、五十里先輩が謝ることは無いですよ」
「それにしても、どうして花音とエリカくんは反りが合わないんだろう? 僕としては、二人には仲良くしてもらいたいんだけど」
「二人とも似たところがありますし、同族嫌悪かもしれませんよ」
五十里とそんなことを話しながら、達也はピクシーに淹れてもらったコーヒーを啜る。それに倣うように、五十里もコーヒーを啜った。
「だいたい、なんで千葉さんが生徒会室にいるのよ! 役員じゃないでしょ!」
「それだったら、啓先輩だってもう引退してますし、千代田先輩だってもう風紀委員長じゃないですよね」
「二人きりになれる空間は、ここくらいしかないのよ! 食堂は他の人もいっぱいいるし、啓とゆっくりした時間を過ごすには、ここが一番なの!」
「あたしだって、達也くんと二人きりになるには、ここくらいしかないんですよ! どこに行っても深雪やほのか、雫やエイミィといった邪魔者が」
「やはり、同族嫌悪っぽいですね」
「そうだね」
彼女同士のやり取りを、彼氏同士はのんびりと眺めていたのだった。
生徒会の業務を終えての帰り道、深雪の護衛は水波に任せ、達也はエリカと帰路についていた。
「達也くんさぁ、千代田先輩の事どう思う?」
「どう思うとは?」
「なんとなくやりにくいとか、何処とは分からないけど、なんとなく嫌いとかさ」
「別に俺はそう思わないな。普通に接している分には気になることは無い」
「そうなのかなぁ……やっぱりあたしがおかしいのかな」
自分が花音と反りが合わない事を気にしている様子のエリカに、達也は五十里と導き出した答えをエリカに告げた。
「同族嫌悪、なのかもしれないな」
「なにが?」
「エリカと千代田先輩が言い争うのは。お互いにパートナーを一番だと考えて、相手の考えを受け入れられないところとか、とにかく二人きりになりたいところとかそっくりだ、という話を昼に五十里先輩としてたんだ」
「確かに……あたしは達也くんを一番だと思ってるし、千代田先輩は啓先輩が一番だって思ってる。だから互いに主張しあって言い争いになってる気が……」
「別に考えを改めろとまでは言わないが、相手の主張も受け入れられるだけの柔軟さを持ってほしいとも話していたがな」
「あうぅ……達也くん、いじわる」
「今更だな」
人の悪い笑みを浮かべる達也に、エリカはもう一度肩を落としてから顔を上げた。
「明日、もう一回千代田先輩と話してみる。達也くんに言われた通り、相手の主張も受け入れつつ、こっちも主張してみるから」
「恐らく千代田先輩も同じことを五十里先輩に言われてるだろうからな。明日は大人しく済むんじゃないか?」
前向きに考えるエリカの頭を、達也は軽く叩きながら微笑む。その表情に、エリカの顔は熱を帯び、首まで真っ赤になったのだった。
そのやり取りの数日後、生徒会室では相変わらずのやり取りが行われていた。
「花音も一日で戻っちゃったね」
「エリカもですから、お互いさまでしょう」
あのやり取りの翌日は大人しかった二人だったが、その次の日からは元通り。自分の主張を全面に押し出すことに専念してしまったのだった。
「交互に生徒会室を使いましょうか」
「いや、僕は引退してるから、何処か他の場所を探すよ」
「そうですか……この時期なら屋上でもいいのではないでしょうか。同じ考えの人がいなければ、ですが」
「そうだね。明日行ってみるよ」
達也と五十里の間で解決策を見出し、二人は言い争っているパートナーを眺めながら食後のコーヒーを啜る。
「エリカ、そろそろ戻らないと、次は実習じゃなかったのか?」
「花音もそろそろ戻ろうよ。公然の秘密とはいえ、僕たちはもう部外者なんだから」
「……達也くんが言うなら」
「啓がそう言うなら戻るわ……」
不完全燃焼だと言いたそうな表情を見せた二人だったが、自分たちでも不毛なやり取りだと自覚してる分、止められたら素直にやめるのだった。
「達也くん、放課後テニスコートに来て」
「あぁ、分かった」
ストレスの発散に付き合わされるのだろうと理解した達也は、視線で謝ってくる五十里に肩を竦めて見せたのだった。
生徒会業務を終え、約束通りテニスコートに来た達也を待ち構えていたのは、エリカの一方的なサーブを永遠に打ち返す作業だった。
「あぁ! イライラするわね」
「何時まで打ち返せばいいんだ?」
「球がなくなるまでよ!」
「……後輩が拾ってカゴに戻してるから、なくならないんじゃないか?」
「じゃあ、あたしの気が済むまで」
それはいつなんだ、とツッコミを入れたい衝動に駆られたが、無意味な事だと理解しているので達也は口を噤みただただサーブを打ち返すことに専念した。
「千葉先輩、そんなにイライラしてるなら、司波先輩とデートでもして思いっきり甘えたらどうですか? そっちの方がスッキリすると思いますけど」
「デート? でも達也くんは色々と忙しいし……」
「今週末なら、予定もないし大丈夫だが?」
「よし決まり! じゃあ今日は解散」
「やれやれ」
おそらくデート出来ないフラストレーションも相まってイラついていたのだろうと、達也は首を左右に振りながらそんなことを考えていた。考えてみれば、夏休み明けから今日まで、エリカとデートした記憶は、彼の中には無かったのだった。
エリカと花音の関係は、意外と嫌いじゃないです……絡ませるつもりはないですが