劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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こちらはバチバチしてますね……主に深雪が


深雪VS夕歌

 冬休みの初日を、高校生らしく宿題の処理に費やしていた深雪の許へ、予定外の来客が訪れたのは昼食を済ませてしばらく経ってからだった。

 

「深雪さん、お久しぶり。お元気そうで何よりだわ」

 

「夕歌さんもお変わりなく。どうぞお掛けください」

 

 

 リビングの応接セットで深雪の対面に腰を下ろした客の名前は津久葉夕歌。四葉の分家である津久葉家の長女であり、深雪同様、次期当主候補でもある。

 

「お正月以来、約一年ぶりかしら」

 

「ええ、そうですね」

 

「同じ東京に住んでいるのに、案外顔を合わせる機会は無いものね」

 

「東京も広いですから」

 

「そうね。こういう時に、それを感じるわ。深雪さんは一高の二年生でしたね? 生徒会長ですって?」

 

「ええ。よくご存じですね」

 

「一応、母校ですからね。派手に活躍してるみたいじゃない」

 

「今の段階で目立つのは、あまり好ましくないと分かってはいるのですが、手を抜くのは相手に失礼だと思うと、つい……夕歌さんはもうすぐご卒業でしたね?」

 

「ええ。といっても、大学院に進むのだけど」

 

「本家のお手伝いをされるのではなかったのですか?」

 

「少しくらい箔をつけておけ、ということみたい。今更よねぇ」

 

 

 深雪が当たり障りのない受け答えをしている内に、水波がお茶を持ってきた。このように、裏でギスギスとしたやり取りは深雪の好みに合わないので、お茶で仕切り直しが出来るのはありがたかった。

 

「それで夕歌さん。本日はどのようなご用件でしょうか」

 

「今年の慶春会だけど、本家までご一緒しない?」

 

「……それは、東京から本家まで同行しないかというお誘いですか?」

 

「そっ。私が車を出すから、乗っていって」

 

「理由を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 

 深雪は心の中に沸き上がった警戒心を隠せなかった。それは、やむを得ない事かもしれない。血縁とはいえ、普段交流は無いし、次期当主の座を争うライバルでもある。

 

「理由ねぇ。言わなきゃダメ?」

 

 

 上目遣いで甘えるような口調で有耶無耶にしようとする夕歌だったが、深雪の冷たい眼差しを受け、ふざけた態度を引っ込めて正直に理由を告げることにした。

 

「分かったわ。理由は、私の護衛がいなくなっちゃったから」

 

「いなくなった? 夕歌さんにはガーディアンが」

 

「いなくなっちゃったのよ。私の目の前で。死んじゃった、とも言うんだけどね」

 

 

 首を数回横に振った夕歌から告げられた言葉に、深雪は口を押え、自分の不明を恥じた。「いなくなった」という言葉が「殺された」事を意味していると理解して然るべきだったと考えて。

 夕歌は成人済みの、四葉の魔法師で、本家から危険な仕事を命じられることもある。それに加えて、夕歌は希少な精神干渉系魔法に高い適性を持つ魔法師だ。その魔法資質を知った者に遺伝子を狙われるというのも十分にあり得ることだった。

 

「それは……御愁傷様です」

 

「その表現は適当ではないわ。命を懸けて私を守るのが彼女の仕事であり、彼女はその責務を全うした。彼女はこれ以上、私の身代わりになることに怯える必要は無い。もしあの世が実在するなら、彼女はそこでホッと一息ついている事でしょう。もう、あの我儘娘の都合に振り回されないで済むと」

 

「例えガーディアンという役目を負っていたからとはいえ、ご自分を守って亡くなられた方に対して……冗談であっても不謹慎ではないでしょうか」

 

「……深雪さんのガーディアンはお兄様ですものね。不快な思いをさせたのならごめんなさい。それで、貴女たちに同行を頼んだのは、達也さんに護衛を任せたいから」

 

「ですが、お兄様に頼らずとも、夕歌さんには津久葉家がついているのでは?」

 

「それはそうなんだけど、貴女のお兄様ほど腕の立つ方は中々ね……それに、達也さんなら何があっても守ってくれるでしょ? 自分が死んじゃうなんてことも無いだろうし」

 

 

 さっきまで冗談めかしていた夕歌だったが、さすがに目の前で知り合いに死なれて、なんとも思わないほど心は死んでいなかったようで、深雪は再び彼女のガーディアンに黙祷を捧げた。

 

「ですが、あらかじめ連絡をしておけば、駅に迎えが来てくれますよね? 去年までそうしてましたし、今年もそうするつもりです。夕歌さんだって、去年まではそうしていたのではありませんか?」

 

 

 深雪は次期当主候補であり現当主の姪。駅まで迎えに来る程度の重要人物待遇は当然だった。

 

「私はそれでも構わないんだけど。深雪さんは止めた方が良いんじゃないかな」

 

「何故でしょう? 今までそれで不都合はありませんでしたが」

 

「前回まではね。でも今回は止めた方が良いと思うよ。理由は言えないけど」

 

 

 理由は言えない、ということは漠然とした懸念ではなく、夕歌には明確な根拠があるに違いなかった。

 

「夕歌さん、貴女は何をご存じなのですか?」

 

「それは言えない」

 

「……何故、去年までと同じでは駄目なのですか? 夕歌さんとご一緒することで、どんなメリットがあるのですか?」

 

「それも言えない」

 

 

 じっと見詰める深雪の眼差しを、夕歌はとぼけた瞳で受け流す。

 

「……そうですか」

 

 

 この場で折れたのは深雪の方だった。弱気になったのではなく、彼女には夕歌を白状させる手段が無いのだ。この場に達也がいれば、こんなところで折れる深雪ではないのだが、精神干渉系魔法の適正では、深雪よりも夕歌の方が遥かに高く、暗示を掛けて白状させる類のテクニックも、夕歌の方が上手なのだ。表面上は敵対していない以上、力尽くで情報を引き出す選択肢は採れないのだ。

 

「お申し出の件は、兄に相談した上でご回答いたします」

 

「そう? 本当は達也さんに持ち掛けたかったのだけども、いないんじゃ仕方ないものね。それじゃあ、良いお返事を期待しているわ。お互いの為にね」

 

 

 夕歌がソファから立ち上がり、玄関の扉を開けた水波に「お茶、美味しかったわ」と声を掛け、見送る深雪に「またね」とラフな挨拶を残して、夕歌は司波家を後にした。




当初の予定が原作に取られた以上、別の展開を考えています

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