劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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分家のこそこそはカットします


襲撃その1 人造サイキック

 夕歌との電話の後、深雪は本家に電話を掛け、十二月二十九日に駅まで迎えに来てほしいと頼んだ。出席を命じられているのは元旦の慶春会だから、身支度に掛かる時間を考えても、本来であれば三十一日に本家へ出向けばいい。それを二十九日にしたのは、間違いなく起こるであろうアクシデントで足止めされるリスクを考慮しての事だった。

 電話に出たのは小原という交通機動隊上がりの執事で、こうした車の手配をいつもやってくれる人物だ。小原との打ち合わせの結果、午後一時に駅まで迎えが来ることに決まった。この予定は別段秘密にしておくことではない。むしろ深雪が到着した時に粗相が無いよう、本家の使用人全員に通達された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二月二十九日、土曜日。いよいよ深雪が本家へ赴く日だ。達也、深雪、水波の三人は少し早い昼食を済ませて、正午前に家を出た。自宅から待ち合わせの小淵沢駅までの所要時間は一時間弱。途中トラブルもなく、三人は順調に待ち合わせた駅に着いた。

 迎えの車は既に到着していた。運転手にも見覚えがある。去年まで本家で働いていた水波とは、それなりに交流があった関係のようで、笑顔を見せて言葉を交わしている。達也に向ける目は、相変わらず無機物を見るような視線だったので、深雪と水波が急激に機嫌を傾けた。機嫌が傾いた事に気づいた達也は、深雪と水波を車に乗せ、運転手も同時に車に乗った。達也としては、無駄な軋轢を生まないためにも、運転手にはもう少し演技力をつけてもらいたいと思っているのだが、小原が管理するドライバーは、愛想よりも腕と度胸が優先されるので、それは思っても仕方のない事だった。

 この車を監視するような視線には気づいていたが、とりあえず手を出してくる様子もなかったのでそのまま放置して、達也は車を出すように深雪を介してドライバーに命じた。

 動きがあったのは町を出て、民家が途切れたすぐ後だった。達也の警戒網に不審な車両が引っ掛かった。

 

「お兄様、どう……」

 

「襲撃だ! グレネード弾、前方二、後方一」

 

 

 達也の声に応えて、水波が対物・耐熱障壁の魔法を展開しようとしたが、そこに十一人分の無秩序で中途半端な魔法式が放たれた。

 

「水波、魔法を中止しろ」

 

「はっ? はい!」

 

 

 水波の返事を待たず、達也は右手で斜め上を指差した。彼の胸には完全思考操作型CAD,彼の手首には思考操作対応円環形特化型CAD「シルバートーラス」。空中でグレネード弾が分解し、飛翔力を失って部品が道路に散らばる。続けざまに二発、三発と打ち込まれた榴弾も、同じ末路を辿った。

 

「町に引き返すんだ!」

 

 

 達也の言葉に反応を示さないドライバーに、深雪が苛立ちを覚えて兄の指示を繰り返した。

 

「車を町に戻してください!」

 

「了解です!」

 

 

 運転手は深雪の命令に、即従った。

 

「水波、深雪を頼む」

 

「は、はい!」

 

 

 達也が懐から耐熱防弾の軍用サングラスを取り出しながら水波に話しかけ、顔にフィットするサングラスで顔を隠しながら、今度は深雪に声を掛ける。

 

「深雪、駅前で落ち合おう」

 

「お兄様!?」

 

 

 達也が窓を開けたのと、運転手がスピンターンに入ったのは同時だった。車がターンした瞬間、遠心力を利用して達也が後部座席の窓から飛び出し、着地したのと同時に、前方の襲撃者が持つ火器を分解してそれ以上の射撃を阻止した。振り返り様に、深雪を乗せた車を追いかけようとターン途中の自走車の車輪を外した。

 

「(国防軍の強化兵士、いや、人造サイキックか!)」

 

 

 襲撃者の装備を見て、達也は戦闘員の正体を魔法師開発の失敗作、魔法師になり損ねた人造サイキックだと見破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃者を全員捕らえるつもりだったのだが、途中で警察が到着したので、達也は慎重に警察の目をかいくぐりながら時間を掛けて駅までの道のりを駆け抜け、深雪たちと合流する。時刻は既に、午後四時を回っていた。

 

「お兄様、ご無事で!」

 

「すまない、待たせたな」

 

 

 達也に抱き着く寸前で立ち止まった深雪の頭を撫で、水波を置いてきぼりにしている待合室の中へ深雪と共に入っていく。

 

「水波もご苦労様」

 

「いえ、ご無事で何よりです」

 

「迎えの車はどうした?」

 

「帰しました。襲撃の模様は街路カメラで撮られていたに違いありませんので、本家へ直接戻らぬよう言い含めました。……あの、留め置いた方が良かったでしょうか?」

 

 

 不安げに自分の顔を見上げる妹の頬に手を当てて、達也は安心させるように笑いかけた。

 

「いや、お前の判断は正しい。よくそこまで考えたな、深雪」

 

「ありがとうございます……」

 

「今日は一旦、自宅へ戻る。明日出直すから、その迎えを依頼してくれ」

 

「畏まりました」

 

 

 深雪はすぐに携帯情報端末を取り出し、本家への通信回線を開いた。電話に出た相手は小原執事。小原は何度も深雪の安否を問い、それ以上の回数、不手際を詫びこれから迎えの車を寄越すと繰り返し主張した。

 

「……小原さん、私は一旦、家に戻りたいのです」

 

『はっ、承知仕りました』

 

「叔母様には、今日の事は帰宅してから改めてご報告しますとお伝えください」

 

『は、仰せのままに』

 

「それで明日も迎えの車をお願いしたいのですけど」

 

『は、何時なりと、お心のままに』

 

 

 深雪は視線で達也に何と答えるべきか尋ね、達也は「午前十時」と打ち込んだ端末の画面を深雪に見せた。

 

「では、午前十時にお願いできますでしょうか」

 

『畏まりましてございます』

 

「では明日、よろしくお願いします」

 

『はっ、深雪様、お帰りの道中、お気をつけて』

 

 

 聞き様によっては、腹に一物抱えているようにも思えたが、特にそのような事は考えずに、深雪はお礼を言い電話を切って自宅へと戻る電車へと乗り込んだのだった。




達也に逆らう運転手、普通なら消されてる……

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