十二月三十日、日曜日。午前八時五十分。達也は家を出る直前になって、本家に電話を掛けた。電話を取った家政婦に、小原執事につなぐよう要求し、しばらくして小原が現れた。
『達也殿、何か御用でしょうか』
「急用です。迎えの予定を変更してください。時間は九時五十分。場所は長坂白井沢です」
『ちょっと待ってください。既に運転手は出発するばかりですぞ』
「まだ屋敷は出ていないでしょう? 行き先と時間が少し変わるだけです。決して無理なお願いをしているつもりはありません」
『出来る出来ないではなく、いきなりすぎると申し上げているのです』
「こちらも必要だから頼んでいます」
『達也殿、こんなことは言いたくないが、いささか失礼ではありませんか。そもそも今日の予定は深雪様からご依頼いただいたものだ』
「この変更は深雪の意向によるものです。それとも、深雪を電話に出さなければ納得出来ませんか」
小原の顔がやや赤みを帯びたのは、怒声を呑み込んだからだろう。それでも、語調が荒れ気味になってしまうのは避けられなかった。
『分かりました。九時五十分、長坂白井沢ですな!』
「それから、迎えの場所の変更は運転手だけに告げてください」
達也の思わせぶりな指示に、不快感を忘れて小原は食い付いてきた。
『それは、昨日の一件と関わりがあるご指示ですか?』
「くれぐれもご内密に」
『確かに』
達也と小原は、ほぼ同じタイミングで電話を切った。
待ち合わせ場所と時間を変えるという小細工は、当初成功を収めたように見えたが、達也は最後までうまくいくとは考えていなかった。
「見つかったか」
「尾行ですか?」
周りに民家も工場も無い田舎道に入ってしばらくしてから、達也が尾行に気が付き、深雪が問いかけた。
「尾行だが、車ではない。想子情報体……精霊ではないな。使い魔か」
「大陸の術者ですか?」
「……いや、使い魔といっても、彼らが使う化成体ではない。色も形も無い、純粋な想子情報体だ」
達也の答えに、深雪が頬を赤らめた。
「すみません。使い魔と言うと、どうしても化成体の印象が……」
「謝る事じゃないさ。去年から化成体の使い魔と接触する機会が多かったからな。こちらを見つけ出すのにこれだけ時間が掛かってるんだ。敵の陣容はそれほど厚くは無いはずだが、油断するな。すぐに来るぞ」
「はい、お兄様」
「分かりました、達也様」
深雪が隣で、水波が振り返って達也の言葉に頷く。達也の推測通り、敵が姿を見せるまで十分もかからなかった。
「ヘリか」
「撃ち落としますか?」
「いや、こちらから攻撃するのはマズい。ここはまだ想子センサーの監視範囲だ。とりあえず前に注意してください。大型車輌で道を塞いでくるはずです」
単純なセオリーだが、後方からプレッシャーを掛けてくるのなら、仕掛けは前方にあるはず。その予測は外れることなく、交差点でトレーラーが信号無視で突っ込んできた。
「ブレーキ!」
昨日は達也の言う事を聞かなかった運転手だったが、さすがに今日は言う事を聞いてブレーキを踏んだ。
「水波、俺が離れたらシールドを張れ!」
「分かりました!」
「お兄様、私は!?」
「深雪はいざという時のバックアップだ」
達也が素早く車を降りるのと同時に、トレーラーから自動小銃を携えた一団が飛び出してくる。人数は――
「(三十二人、一個小隊か。火器は通常の自動小銃。対魔法師用ハイパワーライフルは無い。魔法師は十六人。距離を取って隠れているな。ヘリに二人。こっちは牽制か)」
達也は昨日の襲撃より規模が大きく、統率も取れているように感じていた。
「(だが足りない。それとも、動かせる兵員に限界があったのか?)」
自動小銃がフルオートで火を噴いたが、水波の張った障壁に受け止められた。その間達也は、密教古式魔法の対魔法防御の術式が掛けられていた十六人に対して、同時に部分分解を発動させ、その結界を打ち抜いた。続けざまに追撃の魔法を放ち、両肩、両足太腿を打ち抜かれて、十六人の兵士が完全に戦力を失う。
「化け物め!」
お馴染みの罵倒が達也の耳に届いたが、彼はそんなことを気にすることは無かった。
「(歩兵、残り十六。まずはこれを無力化する)」
達也は勢いよく走りだし、残り全ての歩兵を屠った後、ヘリを落とし隠れていた魔法師を昏倒させ、指揮官と思われる士官を捕らえたのだった。
敵のEMP爆弾で自走車がダメになってしまい、その所為で水波が項垂れてしまった。
「申し訳ありません」
「水波の所為じゃないから気にするな。俺もこれは予想外だった」
「そうよ。水波ちゃんはきちんと自分の役目を果たしてくれたわ。それにしても……何故本家から迎えに来た車が、電磁波防護処置程度の事をしていないのでしょう」
水波を慰めた後、深雪が漏らした愚痴に、運転手が身を縮こまらせた。
「深雪、とにかく次の車を呼ぼう」
「そうですね」
本家に電話しようと端末を取り出した、ちょうどそのタイミングで、深雪の端末に着信があった。達也に目で促されて、深雪が電話に出る。
『こんにちは、深雪さん』
「夕歌さんですか?」
『ええ、そうよ。深雪さん、いきなりで申し訳ないのだけど』
「何でしょう?」
『道を塞いでいるトレーラーを、動かすなり消すなりしてどうにかしてもらえないかしら』
深雪は運転手に指図して、トレーラーを交差点から動かした。
「乗って」
トレーラーを動かすと、動かなくなった車の隣に、夕歌の車がやって来た。あまりにも突然で、あまりにも説明が不足しているセリフだったが、達也はすぐに反応した
「深雪、水波、乗せてもらえ」
二人に乗車を促すのと同時に、夕歌の車のトランクへ自分たちの荷物を積み込んだ。
「運転手は?」
「自分で何とかしてもらいましょ。警察を遠ざけておくのはもう限界だもの」
達也の問いかけに答え、夕歌は愛車を発進させた。残された運転手は、どうするべきか途方に暮れているように見えたが、その事は達也には関係ない事だったので、それ以上口にすることは無かった。
分家の思惑も一瞬で分解しましょう