車内ではしばらく沈黙の時間が続いたが、建物が目立ち始めところで深雪が夕歌に話しかけた。
「夕歌さん」
「何? 深雪さん」
「本家とは逆方向のように思うのですが」
「警察を避ける為よ」
深雪の声は不信感を隠しきれていなかったため、答える夕歌の声は苦笑い気味だった。
「深雪、夕歌さんの言っている事は本当だ。警察は本家の方向にだけ検問を張っている。なぜかこちら側には手を回していない」
「お兄様がそう仰るのでしたら……夕歌さん、疑うようなことを言って申し訳ありませんでした」
「良いのよ。我ながら怪しい真似してるなーって思うしね」
「しかし何故、本家へ通じる道の方だけに警察が待ち構えているのでしょう?」
「それはね、深雪さん。貴女を本家へ行かせたくないからよ」
深雪の疑問に、夕歌はまたまた苦笑いしかけたが、いきなり真面目な顔になってバックミラー越しに深雪と目を合わせて答えた。その答えに、助手席の達也が苦笑いを浮かべたのだった。
その質問からしばらくして、夕歌の車は八ヶ岳編笠山の麓にある津久葉家の別荘に到着した。
「今日は泊まっていって。明日、一緒に本家へ行きましょう? それなら迎えの車のスケジュールから行動を読まれる事も無いわ」
目で問いかけてくる深雪に、達也は頷いて答えた。夕歌は深雪に尋ねているのだから、同じく次期当主候補として深雪が答えるべきだと意思を示したのだった。
「ありがたい申し出だと思います」
「じゃあ決まりね」
「待ってください」
深雪は何故夕歌がここまでしてくれるのか、また分家の人間が自分を本家へ行かせたくない理由を夕歌に尋ねた。説明の間、達也は我関せずを貫き通し、使用人が持ってきた紅茶をストレートで飲んでいたのだった。
説明を終えた後、夕歌は深雪と水波をリビングから追いやり、達也だけをリビングに残した。達也も夕歌が自分に用事があるのが分かっていたので、深雪と水波をリビングから移動させることに手を貸した。
「ごめんなさいね、達也さん。ウチの使用人も、達也さんの事が気に入ってるみたいで」
「別に気にしてません。そもそも俺は、他人の感情など気にしません」
二人きりになることを深雪は凄く気にしていたが、達也のこの態度を見れば安心したかもしれない。だが深雪は必要以上に達也と夕歌が二人きりになるのを嫌っているのだ。
「別に取ったりしないのにねぇ」
「夕歌さんが護衛が欲しいとか言ったからでしょ。それで、要件は何ですか」
達也としても、長い時間夕歌と二人きりになるつもりは無いので、彼女の無駄話に付き合うつもりはさらさらなかった。
「達也さんは、今回の襲撃が分家の仕業だと知っているのよね?」
「ええ、黒羽さんからご忠告をいただきましたので」
「黒羽の伯父様が?」
「心情的には敵だが、文弥と亜夜子の為に手は出さないと言っていました」
「伯父様も親ばかね」
クスリと笑う夕歌に、達也は感情の篭っていない目を向ける。
「それでね、今回の妨害だけど、分家の人たちは深雪さんを次期当主にしたくないわけじゃなくて、達也さんを世界から隔離したいみたいなのよね」
「そうでしょうね。分家の方々は、津久葉さんも含め俺をどうにかしたいみたいですし」
「それで聞きたいんだけど、どうして達也さんは分家から――違うわね、本家の使用人からも疎まれているの? それだけの能力を持っているのに、四葉の魔法師の基準を満たしていないだけで、まるでいないもののように扱われているのは何故?」
「詳しい事は俺にも分かりません。ですが、期間内に本家へたどり着ければ、黒羽さんが教えてくれるそうなので」
「そう……だったら何が何でも本家へ行かなければね。達也さんの境遇を知るためにも、深雪さんを次期当主に指名していただく為にも」
夕歌は既に、次期当主の座に興味など無い。それは津久葉家も同じで、候補に残っているのは、他家への発言権を残すためでしかないのだ。
「お母様が達也さんの能力を封じてる以上、私は貴方たちに責任を負わなければいけないのよ」
「感情がない以上、封じる意味もさほどないのですがね」
「あら、深雪さんが襲われたら見境なく殺しちゃうくせに」
夕歌は、四年前の沖縄の件を当てこすっているようだが、達也はそれをまるっきり相手にしなかった。
「話は以上でしょうか? なら俺も部屋に行きたいのですが」
「あと一つだけ。達也さんは四葉に固執しているの?」
「別に固執なんてしてませんよ」
「じゃあ何故ご当主様の依頼を受けたのかしら?」
「俺の能力は叔母上には有効ですが、他の魔法師にはそうでもありませんし、叔母上に逆らった事で、それ以上に厄介な相手が出てくるのを嫌っただけです」
「なるほど……まぁ、真夜様も達也さんの事が好きみたいだし、無理難題は押し付けてこないわよね」
「京都の件は、十分に無理難題だったと思いますけどね」
苦笑いを浮かべる達也に、夕歌もつられて苦笑いを浮かべた。
「あっ、もう一個あったんだけど」
「何でしょう?」
「子供のころ――達也さんがまだ本家で生活していた時だけど、なんで私と接触しないようにしていたの?」
「母さんが、夕歌さんとの過剰な接触は控えるように言っていたので。理由は俺も知りません。叔母上なら何か知っているのかもしれませんけど」
「そうだったんだ……亜夜子さんたちとは遊んでたのに、私が近づくと離れてったから、嫌われてたのかと思ってたわ」
「嫌うも何も、それほど交流が無かったじゃないですか」
「それもそうね」
話が終わったので、達也もリビングから部屋へと移動した。リビングに残った夕歌は、幼少期に達也と遊べなかった理由が知りたいと、改めて強く思ったのだった。
四月が終わってしまう……