劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼もモブ崎と同じ匂いが……


第三の襲撃

 四葉家現当主・四葉真夜は、深雪が二日続けて妨害を受けて今は津久葉家の別荘に滞在しているという報告を、葉山執事から受けて思わず笑みを漏らした。

 

「何という無駄な事を」

 

「分家の方々は達也殿の力を過小評価しておいでのようですな」

 

 

 嘲笑するのではなく、むしろ優しげに呟く真夜。それを受けた葉山執事が、丁寧な口調で辛辣な評価を下した。

 

「この村の『結界』ではたっくんの『分解』を防ぎきれないのだから、本当に間に合わないとなれば空を飛んでくるだけなのだけど。もしそうなったら一大事よ。侵入の際に『分解』された結界の再構築が完了するまで、認識阻害の魔法を使える皆さんは不眠不休の過重労働。再構築だって只じゃないのだし。その責任は私の命令を妨げようとした分家の皆様のもの、ということになるのが分かっておいでなのかしら?」

 

 

 真夜が艶めかしくため息を吐き、困ったものねという顔で、ティーカップを傾けた。

 

「青木さんたちならともかく、分家当主の皆様にはある程度の情報を渡しているはずだけど」

 

「はい、間違いなく」

 

 

 眼差しで問われた葉山執事は、そう答えながら恭しい態度で、真夜のカップにノンカフェインのハーブティーを注いだ。

 ところで四葉家では葉山の事も花菱のことも青木の事も小原の事も等しく「執事」と呼んでいるが、実態は各業務における使用人を監督する立場にある八人を指す言葉であり、主のプライベートな用向きを果たす執事に該当するのは葉山だけである。今も私的な、夜のお茶の時間だ。だからこそこうした本音も気軽に出てくるのだが。

 いくら真夜でも、葉山以外の使用人にこんな愚痴はこぼせない。逆に言えば、分家の当主全員を十把一絡げに、いや、四葉という組織それ自体を憐み、さげすんでいるこの姿こそが、真夜の本性だった。葉山はそれを目の当たりにしながら、まったく態度を変えない。そうすることで、主の心が不平不満に搦め捕られないように配慮しているのだ。

 

「しかしながら、全くの無駄というわけでもございません。花菱の報告によれば、対大亜連合強硬派残党、対大亜連合宥和派・反十師族グループの戦力を大きく削り取る事に成功したとの事。特に松本の人造サイキックについてはほぼ壊滅状態に追い込めた、との事にございます。今後、この四葉家の庭先をあのような者たちが跋扈することは無くなったと申せましょう」

 

「人造サイキックの事など、最初から気にしてないわ。とにかくこれで、年末の大掃除はお仕舞?」

 

 

 真夜が素っ気なく鼻で笑ったが、あっさりしている分その声には先ほどまでの甘やかな毒が感じられなかった。その真夜の問いかけに、葉山がかすかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「多少段取りは変わりましたが、必要人員はかえって少なく済んだ、と花菱が申しておりました」

 

「それはそうでしょう。釣り出すのに手間が掛かっているとはいえ、荒事の部分は実質的にたっくんが一人で片づけたようなものですからね。まあ良いわ。葉山さん、お正月の準備は整っていて?」

 

「はい。後は深雪さんのお見えを待つばかりでございます」

 

「ならば心配いらないわね」

 

「奥様、新発田様をお止めしなくて、本当によろしいのですか?」

 

 

 葉山が僅かな躊躇いを浮かべて口を開いた。彼は新発田勝成と彼のガーディアンで深雪を足止めするという、新発田家当主の計画を知っていた。無論、真夜も。だが何故か、真夜は満足げに笑った。

 

「いくら勝成さんでも、たっくんを止めることなど出来ないわ」

 

 

 新発田勝成は間違いなく、四葉家が現在抱える戦闘魔法師の中でもトップクラスの実力の持ち主だが、真夜は達也が勝成に後れを取る可能性をゼロだと見積もっている。真夜はこの時、達也が勝成を下す姿を幻視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二月三十一日、朝。達也たちは三度目の正直を期して津久葉家の別荘を出発した。別荘から四葉本家まで順調に行けば二時間。途中雪が積もっていてスピードが出せない可能性を考えても、三時間あれば到着する。夕歌は「別荘を出るのは昼食後でも構わないのでは?」と提案したが、今日も確実に妨害があることを考えて、達也が出来るだけ早い出発を主張した結果だ。

 四葉の村に通じるトンネルの入口手前まで来て、夕歌はここまで来ればもう妨害を受けることは無いと判断した。だが達也は、間違いなくここで襲撃を受けると考えていた。

 二人の対応に違いが生じたのは、この差によるものだった。トンネルに入る直前の山道。その斜面から白い津波が押し寄せてきた。

 

「深雪、雪崩を溶かせ!」

 

「はい、お兄様!」

 

 

 達也がそう叫んだのは、夕歌が雪崩を認識するより一瞬早かった。深雪が達也に応え、夕歌が急ブレーキを掛けた。

 

「水波、半球シールド!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 側方から道路に雪崩が押し寄せてくるが、深雪の魔法で水に変わる。車が停止し、その車を囲んで半球形の障壁が形成される。

 

「水波、シールドを解除してくれ」

 

「畏まりました」

 

 

 雪が解けて生じた濁流が流れ落ちたところで、達也が水波に障壁魔法の解除を命じた。障壁が自然消滅する前に、水波が自ら魔法をかき消す。それを命じた達也も、命令を遂行した水波も、厳しく顔を引き締めていた。達也が車を降りて、その前に立つ。一歩遅れて、水波、深雪、夕歌の順番で車から出てきた。

 

「お兄様、これは足止めが目的ですか?」

 

「いや、待ち伏せだ」

 

 

 雪崩が直撃コースから外れていた事に、深雪も気づいていた。そこから推理して兄に尋ねたのだが、達也の答えは深雪の推測と少し違っていた。

 

「出てきなさい! 出てこないなら、遠慮しないわよ!」

 

 

 そう怒鳴ったのは夕歌だ。ここが四葉家のお膝元であるにも拘わらず、自分が運転していた車に攻撃を受けたことで、夕歌はプライドを逆撫でにされていたのだった。




早く本家に到着させたい……

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