劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相も変わらず瞬殺……


トンネルでの決着

 いきなり上空に飛ばされたショックで落下速度を緩めるなどの着地体勢を取れずにいる琴鳴へ、勝成が救助の手を伸ばした。

 

「あ……ありがとうございます」

 

 

 横抱きに受け止められた琴鳴が、その体勢のまま羞恥に顔を赤くして勝成にお礼を述べた。

 

「すみません、勝成さん。『分解』と直接攻撃ばかり気にしていたものですから……他の魔法に対して無防備になっていました」

 

「気をつけろ。達也君はフラッシュキャストにより『分解』と『再成』以外の魔法も使えるようになっている。このことは何度も説明したはずだ」

 

「はい……」

 

「彼のフラッシュキャストは威力こそ三流だが、発動までのスピードは四葉でも最速。その威力も、同じ魔法を一瞬の内に何度も繰り返して発動させることで不足を補っている。今、身を以って体験しただろ?」

 

「はい」

 

「分かったら行け。奏太が苦戦している」

 

「分かりました」

 

 

 勝成は自分が交代したい気持ちを抑えて、琴鳴に注意を与え送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琴鳴が勝成に送り出されたのは、弟の奏太が達也の正拳突きに沈み、「音響砲(アコースティック・キャノン)」が次々と撃ち落とされた直後だった。

 十メートルまで間合いを詰めて、琴鳴は自分の得意とする攻撃魔法を可能な限り速く、大量にばら撒いた。この距離で使えば、味方も自分も巻き込まれてしまうが、琴鳴と奏太は常時、自分自身と自分を取り巻く空気の層に、音の情報強化を掛けている。それは二人にとって、魔法師が他者の魔法から自分の身体を守る情報強化の防壁、エイドス・スキンと同じくらい自然のものだ。そんな計算のもとに放った渾身の魔法は、全て具現化する前に術式解散によって分解されてしまった。

 

「二十四箇所を狙った魔法を一度に!?」

 

 

 琴鳴が驚愕の声を上げる。その隙を突いて、達也が飛び上がり、空中を駆け、着地と同時に琴鳴の首に手を伸ばし、まだ残っている勢いを利用して一気に圧迫し落とした。

 達也の正拳突きのダメージからようやく動ける程度に復活した奏太が、達也に首を絞められ押さえ込まれる姉の姿を見て攻撃を仕掛けた。

 

「姉さんから離れろ!」

 

 

 咄嗟にフォノンメーザーを放つが、途中でかき消される。二度、三度、四度と、自分の得意魔法が自分の意図を裏切って消えてしまう事に、奏太は信じられない気持ちだった。今度は達也が奏太へ向けて跳躍し――

 

「お兄様!」

 

 

――圧縮空気の爆発を受けて空中で撃墜された。

 

「勝成さん、これはどういうことです!」

 

 

 勝成は深雪の詰問に答えず、再び圧縮空気弾を作りだしていく。達也は魔法式の消去が追い付かないと判断し、分解の標的を「空気密度に差を生み出す動的構造」に向けた。

 空気密度の高いエリアを作りだそうとする干渉力と、空気密度に差を生み出す動的構造を分解しようとする干渉力が拮抗し、その結果、勝成の魔法は不発に終わった。

 

「なっ!?」

 

 

 驚愕の声は奏太の喉から漏れた。勝成と堤姉弟の違いは、得意魔法が防がれたからといって、そこで手が止まってしまわない事だった。

 勝成は今や、完全に戦いへ加わり、達也を攻撃する次の魔法に取り掛かっていたが、突如発生した局所的で激しい上昇気流が、勝成の手を止める。

 深雪が勝成の干渉力が及ばない高度で「ニブルヘイム」を発動し、液体窒素の霧を発生させた。勝成が対物反射と真空被膜の二重障壁を張ることで、達也への攻撃の手が止まった。その隙に達也が三度跳躍し、奏太を蹴り飛ばして気絶させた。

 

「お兄様、大丈夫ですか!? お怪我は!?」

 

 

 最初の圧縮空気弾で勝成に撃墜された際のダメージを心配する深雪に、達也はかすかな笑みを浮かべることで無事をアピールした。

 

「大丈夫だ。巻き戻さなければならない傷は負わなかった」

 

「良かった……」

 

「達也様、お使いください」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 深雪の隣にやって来た水波が、達也にハンドタオルを差し出す。その行為に深雪は鋭い視線を送った――のではなく、深雪の視線は勝成に向けられていた。

 

「勝成さん、もう一度問います。先ほどの介入は、いったいどういうおつもりだったのですか」

 

「勝成さん、貴方がやったことは卑劣な騙し討ちです。達也さん対琴鳴さん、奏太さんという取り決めを破った背信行為だけでなく、騙し討ちなどという恥知らずな行いに及んだ理由を聞かせてもらいたいですね」

 

 

 深雪と夕歌の詰問を、何故か達也が遮った。

 

「深雪、夕歌さんも、その話は後日にしてもらえませんか」

 

「何故だ?」

 

 

 達也にそう尋ねたのは、口を閉ざしていた勝成だった。

 

「その二人を放っておいては、後遺症が残りますよ。現代医学と魔法治療の水準を考えれば、一生障害が残るということにはならないでしょうが、応急手当だけでもすぐに行った方が良いと思います」

 

 

 達也は勝成の答えを待たず、深雪へと振り返った。

 

「こちらは先を急ぐとしよう」

 

 

 深雪が無言で頷いた。達也が顔を拭ったハンドタオルを水波に渡す。水波はそれを丁寧に受け取り、大事そうに手に持った。

 

「夕歌さん、運転をお願いできますか」

 

「達也さんはそれでいいの?」

 

「いいの? と聞かれても……そもそも俺にはあの人を責める理由がありません」

 

「えっ? だって不意打ちを受けたじゃない」

 

「あの人の仕事は、深雪をこの先に進ませない事でしたからね。むしろ最初から三人で攻撃してくる可能性が高いと思っていました」

 

 

 淡々と話す達也に、夕歌は呆れ顔を浮かべた。

 

「だから最初に、琴鳴さんを勝成さんの方へ飛ばしたの?」

 

 

 夕歌の糾弾するような問いに、達也は答えなかった。

 

「それに俺の目的は、深雪を無事に元旦の集まりに出席させることです。準備の事を考えれば、今日中に着けばいいというものでもありません。出来る限り早く、本家へ行きたいんです」

 

「なるほどね……これ以上勝成さんが邪魔をしないのなら、他の事はどうでも良いってわけか。分かったわ。貴方がそれでいいなら、私も今は問題にしない。先へ進みましょう」

 

 

 四人が車に乗り込み、夕歌がそれを発進させる。路上で治療を続けている勝成の隣を走り抜けた時も、勝成は達也たちへ目を向けなかった。




邪魔しなければ興味なし……

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