劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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60話目ですね


IFルート その5

 生徒会室で昼食を摂っていたら、もの凄い視線を感じ達也は箸を止めた。

 

「お兄様?」

 

 

 自分の弁当に何か不手際でもあったのかと深雪は心配になったが、すぐに達也は深雪の意図を完璧に理解した上で否定したおかげで本気で落ち込むまでは行かなかった。

 

「会長」

 

「あら、何かしら?」

 

「さっきから鋭い視線を向けてくる理由をお聞かせ願いますか?」

 

 

 視線の主、真由美に達也は単刀直入に聞いたが、それで答えてくれるほど彼女は素直では無かった。

 

「視線? 何の事だか分からないな~」

 

「……あくまで教えるつもりは無いと言う事でしょうか?」

 

 

 真由美の性格を考えれば素直に白状する確率の方が低いと失念していた達也は、ため息を吐きたい気持ちになっていた。

 

「だから私じゃ無いってば。摩利じゃない?」

 

「アタシじゃ無いぞ」

 

「分かってます。視線の方向を考えれば委員長では無い事は明白ですから」

 

「そうか…」

 

 

 自分が疑われるかもと慌てた摩利だったが、達也の規格外の能力に安堵と共に少し恐怖したのだった。

 

「深雪、悪いが先に戻るよ」

 

「え? お兄様、如何かしたのですか」

 

「意地の悪いタヌキを捕まえなければいけないようだからね」

 

「タヌキ…ですか?」

 

「キツネでも良いけどね」

 

「?」

 

 

 達也の含みのある言い方に、深雪は首を傾げるのだが、タヌキだキツネだと表現されている本人の心中は穏やかでは無かった。

 

「達也君!」

 

「はい、何でしょうか会長」

 

「少し話があります。奥へ来て下さい」

 

「分かりました」

 

 

 奥とはつまり、風紀委員会本部へと繋がる階段の事なのだろうが、よほど周りに聞かれたくない事情らしいと達也は理解したのだ。

 

「これは面白い展開かもしれんな」

 

「渡辺委員長、デバガメは己の身を滅ぼすかもしれませんよ」

 

「市原、怖い事言うな……」

 

 

 真由美の事情にもある程度予想のついている摩利に、同じく理解している鈴音が釘を刺す。一方で何も分かってないあずさはしきりに首を傾げるのだったが、深雪の機嫌が何となく傾いてると察知してからは、ただただ震えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室から風紀委員会本部へと繋がる階段に出る扉を抜け、達也は本題を切り出した。

 

「それで会長、先ほどからの視線の意味を教えてもらえるんですよね」

 

「そうよ」

 

「では聞きましょう」

 

 

 随分と上からな言い方だが、睨まれていたと言っても過言では無い視線を向けられていた達也としては、これくらいは許して欲しいと思っていたのだろう。

 

「昨日誕生日だったようね」

 

「そうですね」

 

「何で教えてくれなかったの!」

 

「……まさかその事で睨まれてたのですか?」

 

 

 生徒会長なら生徒のプロフィールくらい簡単に手に入るだろうし、そもそも何故その事で怒ってるのかにも検討がつかなかった達也は、呆れたのを隠そうともせずに態度に出した。

 

「だって達也君の誕生日なんだよ!」

 

「はい、だからそれが如何かしたのですか?」

 

「……お姉さんをからかって楽しい?」

 

「は?」

 

 

 達也としては別にからかってた訳でも無いのだが、如何やら真由美には達也にからかわれてるという認識だったらしい。急に頬を膨らませて上目で睨まれ、達也は居心地の悪さを感じ始めた。

 

「あの会長、それだけなら俺はこれで……」

 

「駄目! まだ終わってないもの」

 

「良く分からないのですが、会長は俺が誕生日を教えなかったから怒ってるんですよね?」

 

「別に怒っては無いけど……」

 

「そもそも俺は誰にも教えては無いのですが」

 

「え? だって昨日近くで誕生日パーティーを開いてたじゃない!」

 

「……マルチスコープですか。ですがあれは俺が教えた訳ではありません」

 

 

 真由美の特殊能力を知っていた達也は、特に驚く事無くその事実を受け止めた。だがしかし受け止められた方の真由美は簡単には流せなかった。

 

「知ってたの?」

 

「集会や討論会の時もその力で見張ってましたよね。それと放送室襲撃の時も、俺を呼び出しておきながら会長はその場には行ってなかった。あれは遠見の能力があったからですよね」

 

「……さすが達也君ね。そこまで理解されてるとは思って無かったわ」

 

「それで昨日の件ですが、あれはエリカが知らずに企画したのもです。偶々当日だったのですが本人はまったくの偶然で驚いてましたよ」

 

「そうなんだ……でも何でお姉さんは呼ばれなかったのかしら?」

 

「会長は会頭同様、事件の後始末で忙しかったでしょうし、エリカとはそんなに面識が無かったからでは無いでしょうか? 近しい友人のみを誘ったようですし」

 

「光井さんや北山さんはそこまで近しく無いでしょ……」

 

「はい? 何か言いましたか?」

 

「ううん、何でも無い」

 

 

 真由美のぼやきを完全に聞き取っていたのだが、あえて聞こえなかったフリで流した。真由美よりはエリカと面識のあるほのかと雫が呼ばれていても達也としては何の疑問も無かったのだから。

 

「それじゃあこれ以上は深雪が大人しくしてないでしょうから」

 

 

 事実生徒会室ではあずさが尋常では無いくらい震えているのだが、深雪自身は普段となんら変わらない態度で食事を摂っているのだ。

 摩利も鈴音も気付いていない、あずさだけが気付いている深雪の怒りに、達也も薄々感付いているのだ。

 

「待って!」

 

「まだ何か?」

 

 

 真由美が言いたかった事は全て聞いたつもりだった達也は、少し機嫌の悪い態度で真由美に視線を向けた。その視線に一瞬たじろいだ真由美だったが、彼女の瞳には決意が宿っていた。

 

「今度の週末、土曜でも日曜でも良いんだけど、達也君の時間を私にくれないかな?」

 

「週末ですか? 生憎どちらも予定が埋まってますね」

 

「一時間! いや、三十分だけでも良いの!」

 

「それくらいなら空いてますが、本当にそれだけで良いんですね?」

 

「うん。それで、何時が空いてるの?」

 

 

 達也は頭の中のスケジュール表を開き、空いている時間を真由美に伝えた。

 

「分かったわ。それじゃあその時間に此処に来て欲しいの」

 

「此処って、生徒会室ですか?」

 

「うん」

 

 

 なにやら面倒な事を引き受けたのではないかと早くも後悔した達也だったが、真由美の態度を見ると断るに断れそうに無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指定された時間に生徒会室を訪れた達也だが、生徒会室に真由美の姿は無かった。

 

「会長? 居ないのでしたら帰りますよ」

 

 

 存在を掴んでいる達也は、話しかけるようにそう言い踵を返した。

 

「駄目!」

 

「かくれんぼですか?」

 

 

 机の下に隠れていた真由美に、達也は腰を屈めて視線を合わせた。

 

「気付いてたの?」

 

「存在を探るのは得意なんです」

 

「そっか……ん?」

 

 

 達也が『気配』では無く『存在』と言う表現をしたのに引っかかりを覚えた真由美だったが、今はそれを確認している時間は無いと思い流した。

 

「それで、此処に呼ばれた理由は何でしょうか?」

 

「これ、少し遅いけど誕生日プレゼント」

 

「はぁ、どうも」

 

「それだけ? 反応薄くないかな」

 

「いえ、嬉しいですけど」

 

「何?」

 

「これを渡すだけならわざわざ此処に呼ばなくても渡せたんではないでしょうか」

 

 

 もちろんプレゼントを渡す為だけに呼び出した訳では無いのだが、もう一方の用件を済ますには真由美の心の準備が出来ていなかったのだ。

 

「えっとね、達也君…」

 

「はい?」

 

「達也君って誰とも付き合ってないのよね?」

 

「そうですね」

 

「それじゃあえっと……」

 

「会長?」

 

 

 目の前で真っ赤になっている真由美を見て、達也は「あぁ、そう言う事か」と理解した。理解せざるをえなかった。

 

「私と付き合わない?」

 

 

 真由美としては精一杯の告白だったのだが、疑問系になってしまった。

 

「ゴメン、今の無し!」

 

「無しですか。そうですか……じゃあ応えなくて良いんですね」

 

「……え?」

 

 

 達也が言ったニュアンスが『答え』では無く『応え』だと言う事に気付いた真由美は、その場で固まった。

 

「俺でよければ付き合おうと思ってましたが、無しなら仕方ないですね」

 

 

 イジワルな笑みを浮かべている達也に、真由美は泣きながら抱きつくのだった。




次でIFは終わりの予定です

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