劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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600話を区切りにするつもりは無かったんですがね……


第五の候補者

 時刻は午後七時になり、食堂奥の扉が開いた。それは四葉家当主専用の扉だった。その扉から黒に近い真紅のロングドレスを纏い、真夜が葉山を従えて現れた。

 全員が立ち上がる。達也は自分で椅子を引いたが、他の五人は背後に控えた給仕の男女が高い背もたれの椅子を引いた。

 

「皆さん、急な招待だったにも拘らずようこそ。どうぞ座ってくださいな」

 

 

 そう言って真夜が葉山の引いた椅子へ優雅に腰を下ろす。真夜がテーブルの前に落ち着いたのを確認して、達也たち六人は席に着いた。

 

「まずはお食事にしましょう。勝成さん、夕歌さん、ご希望があればお酒を持ってこさせますけど」

 

「せっかくのお申し出ですが、申し訳ございません。私はあまり酒類を嗜みませんので」

 

「そう言えば夕歌さんはあまりお酒に強くなかったわね」

 

「はい、恥ずかしながら」

 

 

 夕歌がそつない態度で応じた。

 

「勝成さんは如何ですか? 貴方はかなり強いと聞いているけど」

 

「私も強いと見えるのはその場限りでございまして……二日酔いが酷いタイプなのです。ですから申し訳ございません、ご当主様。明日に重要な会を控えておりますし、今宵は遠慮させていただきたく存じます」

 

「ああ、そんなに固くならなくても構いませんよ。私には飲酒を強要するような悪い趣味はありませんので」

 

 

 にっこりと微笑んで、真夜が軽く手を上げ背後の葉山に合図する。葉山が目配せすると、給仕役が一斉に下がり、すぐにオードブルを持ってきた。

 

「明日の会が和風のおせちですので、この席は洋風のコース料理にしてみました。楽しんでくださいね」

 

 

 真夜が前菜のテリーヌにナイフを入れ、鮮やかな朱唇に運ぶ。全員がナイフとフォークを手に取り、会食が始まった。

 料理は一応フレンチの体裁を取っていたが、フレンチそのものではなかった。この辺りは、真夜が格式張る必要を覚えなかったのだろう。例えば、魚料理が出てくるタイミングで鴨料理が出てきたりしている。その後に出てきたシャーベットを食べ終わったところで、真夜が居住まいを正した。自然と達也たちも背筋を伸ばして座り直す。

 

「さて、そろそろ本題に入らせてもらうわね。勝成さん、夕歌さん、深雪さん、文弥さん。貴方たちは最後まで残った四葉家次期当主候補の四人。そしていよいよ明日の慶春会で次期当主を指名します」

 

 

 候補の四人だけでなく、達也と亜夜子を含めた六人の視線が真夜へ集まる。いつの間にか葉山を除く使用人は食堂からいなくなっていた。

 

「でもその前に、もう一人の候補者を紹介しますわね」

 

 

 突然の真夜の発言に、葉山を除くこの場にいる全員が驚いた表情を浮かべる。

 

「ご当主様、もう一人の候補者というのは?」

 

「驚くのも無理はないわよね。ずっとこの四人が最終候補者だって言われてたんですもの」

 

 

 文弥の発言にニッコリとした笑顔を浮かべ答えた真夜は、視線を達也に向けた。

 

「皆さんは何故、達也さんが私のすぐ次の上座に着かされたか疑問に思いませんでしたか?」

 

「言われてみれば……深雪さんならともかく、達也君がそこに座っているのはおかしい気がします」

 

「正直ですね、勝成さんは。まぁ、他の皆さんも多かれ少なかれ思っていたことでしょう。もちろん、深雪さんが達也さんより上座に座ることを嫌がるからではありませんよ」

 

 

 深雪が何かを言いかけたが、それを阻むように真夜が言葉を続けた。

 

「実は達也さんは、人造魔法師実験を受けるまでもなく、魔法師として優秀な能力を持って生まれたのです。ですが先代当主である英作が達也さんの能力を封じるよう命じたため、達也さんは私と姉さんの計画によって『優秀ではない魔法師』として育てられました。今日は達也さんに、本来持っている能力をお返しするためにこの場にお呼びしたのです」

 

 

 深雪をはじめとする、次期当主候補者たちは困惑に満ちた表情を浮かべているが、達也だけは驚いた様子もなく冷静に見える。彼が処理出来る衝撃を超えたわけではなく、彼は元々その事を知っていたのだ。

 

「夕歌さん、そして深雪さん。達也さんに口づけなさい。それで達也さんの封印は完全に解かれます」

 

「ご、ご当主様……口づけというのは……」

 

「もちろん、頬や額ではなく、唇にですよ。深雪さんや夕歌さんが昔から達也さんの事を想っているのは分かっていましたので、過剰な接触をさせないために幼少期は離していたのです。子供の行動は我々大人の想像をはるかに超える事がありますからね」

 

 

 この指示には、さすがの達也も驚きを感じていた。その正面では、文弥が顔を真っ赤にして姉の顔を伺い見ていた。

 

「叔母上――ご当主様。何もこの場で仰らなくても……」

 

「長年の不当な扱いに耐えてきた達也さんへの、せめてものご褒美のつもりだったのだけど」

 

「夕歌さんは成人を迎えた大人の女性ですが、深雪と亜夜子はまだ高校生。他人の前で口づけをしたり、他人の口づけを見せられては今後の情操教育に差支えが出るのではないでしょうか」

 

「そうかしら? 深雪さん、亜夜子さん、貴女たちはどうお考えですか?」

 

 

 達也の意見を受け、真夜が深雪と亜夜子に視線を向け尋ねる。深雪は既に処理できる範囲を超えているのか、無言で頷くだけだったが、亜夜子は割と冷静だった――冷静に見えた。

 

「達也さんの仰ることもごもっともですが、達也さんの封印が解かれる場面はぜひとも見てみたいですわ」

 

「ね、姉さん……」

 

「文弥さんも、それでよろしいですわね?」

 

「は、はい!」

 

 

 亜夜子より文弥の情操教育によくないのではないかと達也は思い始めていたが、既にそのような事を言える状況ではなかった。箍が外れた深雪と、覚悟を決めた夕歌がすぐ目の前まで迫ってきているのだ。

 

「あらあら。何も二人同時じゃなくてもいいのよ?」

 

 

 楽しそうなものを見る感じで告げる真夜に、達也は鋭い視線を向けたが、深雪と夕歌に遮られてしまいその視線は真夜に届くことは無かった。




さぁ、色々大変になってきたぞ……

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