深雪が先に口づけすると、深雪の力で封じ込めていた達也の力と、その力を封じるために割かれていた深雪の力が解放される。
「これだけでも十分、達也さんは強いのだけど、本当の達也さんはこの程度じゃないわよ。さぁ、夕歌さんも躊躇わずに」
真夜に背中を押され、夕歌は決心した表情で達也の正面に立つ。
「(深雪さんは、何故あんなにあっさりと達也さんとキス出来たのかしら……兄妹はノーカウントだから?)」
いくら覚悟を決めたからと言って、人前で簡単にキスなど出来るはずもない。達也からしてくれればまだ気が楽になるのかもしれないが、達也の方は自分から動くことを真夜に禁じられているのだ。
「(ええい、女は度胸!)」
最後は度胸で一歩踏み出し、夕歌も達也に口づけをした。その直後、真夜以外の面々は感じた事のない量の想子を観測した。
「これが本来の達也さんの想子保有量です。生まれてすぐ先代当主である英作が夕歌さんを使い封じ、さらに人造魔法師実験後に私たち姉妹が封じた想子を達也さんにお返しします」
「ご当主様、では達也君は生まれながらに次期当主候補であったと?」
状況が呑み込めないながらも、最年長である勝成が真夜に問いかける。文弥も亜夜子も状況が呑み込めず発言する余裕はなく、深雪と夕歌はうっとりと余韻に浸っているため、勝成が動かなければ話が先に進まないのだ。
「そうね。ここにいる皆さんは、達也さんの特性――異能とも言えるでしょうけども、それを知っていますよね。それに加えて達也さんは、姉さんの得意魔法である精神構造干渉を受け継ぎ、私の得意魔法『流星群』まで扱える魔法師、そんな子を世界に解き放つわけにはいかないと、先代当主が判断したのです」
「精神構造干渉……お母様だけが使えた魔法……それを、お兄様が……」
「生まれてすぐ封印したから、達也さんは使ったことは無いはずなのですが、何故か達也さんはその事をご存じのようでした」
「精霊の眼は自分自身にも有効ですから」
あっさりと種を明かした達也に、真夜は楽しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「さて、達也さん本来の姿を皆さんにお見せしたのは――」
「ご当主様、発言をよろしいでしょうか?」
「あら、夕歌さん。今このタイミングで言わなきゃいけない事かしら?」
「はい。このタイミングでしか言えませんので」
夕歌の言葉に、真夜は微笑みを浮かべ発言を許した。真夜に一礼した夕歌は、視界に達也と深雪を捉えながら口を開いた。
「私、津久葉夕歌は、次期当主候補の座を辞し、次期当主に指名された方への忠誠を誓います」
「何故、今頃になって辞退を?」
「本当はもっと早くから決めていたのですが、深雪さんだけではなく達也さんも候補に加わったのであれば、津久葉家はそのどちらかに贔屓にしていただきたいのです。家の実力は、黒羽家や新発田家よりワンランク以上劣りますので、次の当主をいち早く支持したという実績が欲しいのです」
「我々黒羽家も、私、黒羽文弥の次期当主候補の地位を返上し、司波深雪さん、もしくは司波達也さんを次期当主に推薦します」
「文弥さん、それは今回の件に対して、貢さんにご迷惑が掛からないようにするためかしら?」
真夜が笑いながら問いかけると、姉の亜夜子が詳細について伝えた。元々は深雪を推薦する予定だったが、この場で達也も候補者に加わった事により、自分たちより司波兄妹のどちらかを当主に据えた方が四葉の未来は明るいものとなると。
「あらあら、なんだか多数決みたいな感じになってきてしまったけど、勝成さんはどう思うかしら?」
「私も深雪さんか達也君が当主の座に就くのが良いと考えます」
「それは、勝成さんも辞退するということと受け取ってよろしいのかしら?」
「はい。ただし、ご当主から一つ口添えをいただきたい事がございます」
「取引、ということかしら」
真夜の言葉に、勝成は滅相も無いといった感じで首を振った。彼の本意は取引とかいった後ろめたい事ではなく、純粋に真夜に力を貸してもらいたいだけだったのだ。
「当主の座を辞する代わりに、私と堤琴鳴との婚姻を認めていただきたいのです」
「堤琴鳴さん……貴方のガーディアンよね」
「はい」
「確か調整体『楽師シリーズ』の第二世代……『楽師シリーズ』は今一つ遺伝子が安定していないから、分家当主の正妻には向かないのではないかしら」
「父にもそう言われました」
「愛人では駄目なの?」
真夜の言葉は、当人の勝成より二人の間に挟まっている文弥に大きなダメージを与えた。彼は顔を真っ赤にして俯いている。隣の亜夜子が平気な顔で聞いているところを見るに、これは年齢的なものというより、性差、あるいは個人の性格に依るのだろう。
「今でも内縁関係にあるのでしょう?」
「ご存じでしたか」
「それはねぇ……ガーディアンは優れた魔法資質を持つ一族の要人に付ける護衛、ということになっているけど、その趣旨からして本来は女性に付けるものですから。それなのに勝成さんがガーディアンを置いているのは、堤琴鳴さんを手元に置くための口実、なのでしょう?」
「……そうです」
言い訳をしようとした勝成だったが、真夜の言っていることが主たる理由なので、誤魔化すのは得策ではないと考えなおしたのだろう。
「そうね……愛するもの同士を引き裂く真似はしたくないし、調整体だからといって、早死にするとは限らないものね。良いでしょう。本家の当主となれば結婚の相手も自分の意思だけで、というわけにはいかないけど、分家の当主ならそこまで深く考えることは無いわ。勝成さんが当主候補の座を降りるというなら、私から理さんに口添えしましょう」
「ありがとうございます」
勝成が席を立ち、深々と頭を下げた。この事により、四葉家次期当主候補は深雪と達也の二人だけになったのだった。
あっさりキスさせましたが、逡巡だけで一話になりそうだったので、乙女の恥じらい的な部分はカットしました