深雪と達也以外の候補者が辞退を申し出たのを受けて、深雪が口を開いた。
「叔母様、私も次期当主候補の地位を返上し、お兄様を次期当主に推薦いたします」
「あらあら、深雪さんもなの? これじゃあ私が発表する必要も無く達也さんが次期当主になってしまうのだけど」
「お兄様が次期当主候補に名を連ねた以上、私はお兄様がふさわしいと思います。力を制限されてなお、お兄様の実力は私たち候補者を凌ぐものでした。そして四葉の魔法師としても優秀と称されるのでしたら、お兄様以外の方が当主になるのはおかしいと思いましたので」
深雪の言葉に次期候補だった夕歌と文弥、そして文弥の補佐の亜夜子が頷いて同意する。三人の動きを見た真夜が楽しそうな笑みを浮かべ勝成に視線を向けた。
「勝成さんはどう思うかしら? 達也さんが次期当主に決まることについては」
「私は琴鳴との婚姻を認めてくださるのなら、深雪さんでも達也君でも構いません」
「そう、じゃあ達也さん、貴方を次期当主に指名します」
興が冷めたような言い方だったが、この発表に一番心を躍らせているのは真夜だ。生まれてからずっと正当な評価がされなかった達也が、ようやく四葉の一員として認められる日が来たのだから。
「では、達也さん以外の方はお部屋へご案内させます。ゆっくりと休んで、明日の慶春会に備えてください」
真夜がハンドベルを鳴らすと、先ほどまで退室していた給仕の男女が現れ、それぞれにあてがわれた部屋へ案内していく。残った達也は、葉山に案内されて真夜の私室へと連れられて行った。
「漸くたっくんと普通に話せるようになるわね」
「叔母上、いきなり俺を次期当主に指名して、暴動とか起こらないんですか?」
「大丈夫よ。あの事も発表するから」
「達也様、コーヒーをどうぞ」
真夜の発言の真意を尋ねようとしたタイミングで、葉山が達也の前にコーヒーを置く。達也は葉山を一瞥したのちにコーヒーを口元に運び啜った。
「さすが葉山さん。美味しいです」
「恐縮でございます。ですが、ちょっとしたズルをしております」
「分からない程度に魔法を使っているのですよね?」
「さすが達也様、お見通しでしたか」
葉山と達也の会話を、真夜は面白くなさそうな表情で眺めていた。
「それで叔母上、あの事とは?」
「たっくんは分かってるんでしょ? 深雪さんが普通の魔法師ではない事を」
「調整体なんですよね」
「正確には完全調整体かしらね。もう一回同じことをやっても深雪さんみたいな美しさを持った子が出来るかどうか分からないもの」
「ですが、四葉の魔法師は全員、何処かしらを弄られているわけですので、調整体である深雪が当主にふさわしくないとか、そういったことではないと思うのですが」
「それもそうだけど、たっくんが私の息子だということは十分すぎる理由だと思うけど」
真夜の言葉に、達也はコーヒーを飲む動作を止め、視線を真夜に向けた。
「戸籍上は俺と貴女は甥と叔母のはずです。それを修正するおつもりですか」
「だってそうでしょ? 貴方は「あの事件」の前に採取し冷凍保存していた私の卵子に、龍郎さんではない男性の精子を受精させて、姉さんを代理母として出産した子なのだから」
「……その事を知っているのは、貴女と葉山さん、そして先代当主と司波深夜の四人だけだったと思いますが、徒に分家当主たちの混乱を誘わないでしょうか?」
「他にもいるのだけど、その方が面白いじゃない。今まで見下してきたたっくんが、実は私の息子で次の当主に決まったって知った時の分家当主の方々の表情を見るのが」
「叔母上――母上、貴女は狂っている」
狂気に満ちた真夜を、達也は冷めた目で見つめる。その視線に、真夜は楽しそうな笑みを浮かべた。
「分家の方々の驚いた顔が目に浮かぶわ。さすが私のたっくんね」
「……葉山さん、どうにかしてください」
「私めでは、真夜様の行動を止める事など出来ないと、達也様でしたらお分かりでしょうに」
まるで孫を眺めるような目で、葉山は真夜を見ている。こうなってしまったら誰にもどうとも出来ないと理解している達也は、諦めたように肩を竦め、残っていたコーヒーを啜った。
「あっ、そうそう、忘れてたけど、たっくんのお嫁さんだけど、発表して一ヶ月の間募集してみようと思ってるんだけど、どうかな?」
「発表というのは、俺が四葉の縁者であり、次期当主に決まったと魔法協会を通じてするものですよね? そこでどうやって募集するのです?」
「簡単よ。四葉と関係を深めたい家なんてたくさんあるんだから。そこにたっくんという男の子が現れた事によって、年頃の娘を持つ家が動いてくるわけよ。もちろん、二十七家以外からも沢山候補者は出てくるでしょうけどもね」
「津久葉様や黒羽様も動くかもしれませんな」
「貢さんはどうかしらね。散々たっくんの事を見下してたんだし」
「ですが、亜夜子様は昔から達也様にご執心でした故」
そこまで言って、葉山が真夜のカップにハーブティーを注いだ。視線で達也にも問うたが、達也は目を動かして不要だと告げる。
「相手側が問題ないのなら、たっくんには愛人が沢山出来そうね」
「そんな面白がって言わないでくださいよ」
「だって、戸籍を修正すれば、深雪さんだってたっくんのお嫁さんになれるのよ? たっくんは私の、深雪さんは姉さんの子なのだから。従兄妹同士は結婚出来るのよ」
事実深雪は、達也以外の男の嫁になることを嫌がっている。その事に達也は気づいていないが、真夜には手に取るように理解できた。
「まぁ、たっくんを独占しようなんて考える女性がいるかどうかですけどね。一人で抱え込めるほど簡単じゃないものね、たっくんは」
「俺が愛人を抱え込む事を前提に話を進めないでくださいよ」
もう一度呆れた視線を真夜に向けたが、その視線は真夜にとっては慣れたものなので、まったく動じることは無かったのだった。
愛人というより、多重結婚?