劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作SSって、今やるやつだったのだろうか……せめてスティープルチェースの直後ならまだ分かったんだけどな……


兄妹としての最後

 風呂に入り部屋に戻った達也を出迎えたのは、同じく風呂上りだと思われる深雪だった。さすがに部屋に入ることは憚られたのか、扉の前で達也の帰りを待っていた。

 

「お兄様、少しよろしいでしょうか」

 

「ああ、構わない。お入り」

 

 

 達也が扉を開け深雪を招き入れると、少し躊躇いながらも達也に再度招かれる事なく部屋に入った。どこか落ち着かない感じに見えるのは、先ほどの口づけが原因だろう。

 

「お兄様、叔母様と何を話されていたのですか?」

 

「次期当主に決まった事で、俺にも婚約者を付けるらしいんだが、誰にするか決めてないから一ヶ月くらい魔法協会を通じて公募するとか、そんな事だ」

 

「お兄様に婚約者……ですか」

 

 

 深雪はまだ、自分が調整体であることも、達也と兄妹ではない事も聞かされていないようだと、達也は今のやり取りで理解した。まぁ、あの真夜が自分から深雪に言うとも思えないので、達也は自分から深雪に告げるつもりだったのだが。

 

「深雪、俺とお前は実の兄妹ではないようだ」

 

「……どういうことでしょう?」

 

「俺は四葉真夜の冷凍保存した卵子に、司波達郎ではない男性の精子を掛け合わせた受精卵を、司波深夜に代理出産させた子供で、お前は司波深夜の卵子と司波達郎の精子を掛け合わせた受精卵を元に作られた『完全調整体』なんだそうだ」

 

「私が調整体……いえ、お兄様の妹ではない……?」

 

 

 深雪の中では、自分が調整体である事実より、達也の妹ではなかったことの方が衝撃が大きかったようで、しきりに「妹ではない」と繰り返し呟いている。

 

「叔母上――母上の口ぶりでは、調整体にありがちな、いきなり命を落とすことも無さそうだし、魔法の連続行使に対する耐性は、俺より高いらしい」

 

「では、私はお兄様より先に冥府に送られることは無いのですね?」

 

「そうらしい」

 

 

 徐々に状況を理解してきたのか、深雪の表情に生気が戻ってきている。それだけ達也と兄妹ではないという事実は、深雪にとってショックだったのだろうと、達也は解釈したが、別の理由で生気が戻ってきているなどとは考えもつかなかったのだ。

 

「お兄様が叔母様の息子で、私がお母様の娘ならば、私とお兄様は従兄妹ということになるのでしょうか?」

 

「そうだな。戸籍やら面倒な手続きは全て葉山さんがしてくれるらしい」

 

「兄妹ではないのでしたら、一緒に住むのもマズいのでしょうか?」

 

「十六年以上、兄妹として認識されていたんだ。今更だろ。それに、そっちも葉山さんが上手い事やってくれると思うぞ」

 

 

 今更引っ越しとか面倒だからな、と言外に告げたつもりだったのだが、達也の真意は深雪に伝わったかどうか微妙な感じだった。

 

「そのお兄様の婚約者の公募ですが、応募条件などはどうなっているのでしょうか?」

 

「さぁ? そのあたりは聞いてないな。とりあえず募集して、その中から選ぶみたいだが、当事者たちが納得するのであれば、愛人という立場もありらしい」

 

 

 まったくの他人事のように言い放つ達也だが、まだ実感が持てていないだけで達也も当事者なのだ。その事を自覚する日が来なければいいがと思っているのかは分からないが、達也は感情の篭っていない口調で深雪にそう告げたのだった。

 

「では、深雪は愛人でも構いません。お兄様のお側にいさせてください」

 

「深雪が俺の側にいるのは当たり前だろ。俺はまだ、お前のガーディアンなんだから。そして、従兄妹同士が一緒にいても問題は無い」

 

「お兄様! いえ、た…達也さんとお呼びした方が宜しいでしょうか?」

 

「お前の好きな方で構わないさ」

 

 

 深雪の頭をポンポンと叩きながら、達也は妹をあやすように笑みを浮かべる。達也の中では、深雪は妹であり、それ以上でも以下でもないのだが、深雪が望むのであれば、彼女をずっと側に置くのは吝かではなかったのだ。

 

「……お兄様がガーディアンで無くなったのでしたら、これ以上お兄様を侮辱する輩は現れないのですね?」

 

「仮にも次期当主だからな……いきなり態度を改めるのは難しいだろうが、今までみたいな態度は取れなくなるんじゃないか? 現当主の息子で、次期当主なんだから」

 

 

 そして馬鹿にしてきた原因である、魔法能力に於いても、達也は分家当主を遥かに凌ぐものを取り戻したのだ。これでもなお見下すものがいるのなら、その時は真夜が実力行使をするかもしれないと、達也はそっちを心配していたのだった。

 

「お兄様をお認めにならない輩が現れるのでしたら、深雪が停めて差し上げますので、何時でも申し付け下さい」

 

「仮にも身内を停めてしまったら、お前の精神がもたないだろ。他人を停める事さえ心苦しく思うお前が」

 

 

 一年の春、エガリテの一員を停めてしまった時、深雪は泣きそうな顔をしていた。達也が再成したので問題は無かったのだが、深雪はそれからしばらく落ち込んでいたのだ。

 そんな深雪が、身内である分家の人間を停めたとするならば、彼女の精神が崩壊する可能性だってあるのだ。達也は間違ってもそんなことを善とは考えないだろう。

 

「とりあえず、今日はもうお休み。明日、全て母上が分家の方々に説明してくださるだろう」

 

「そう…ですね……分かりました。お休みなさいませ、お兄様」

 

 

 深雪の中では、「達也さん」と呼ぶべきか「お兄様」と呼び続けるかで葛藤があったのだが、今のところは変える勇気が持てなかったので「お兄様」と呼び続けている。達也も特にその事を指摘することも無く、深雪を部屋まで送ろうかと申し出るほど、実に兄妹らしい――この二人の常識の範囲だが――やり取りをしている。

 

「大丈夫です、お兄様。四葉本家に私を狙う輩がいるとも思えませんし。外ならまだしも、ここで襲えばすぐに叔母様の耳に入ってしまいますから」

 

「そうだな。じゃあ、今度こそお休み」

 

「はい。ではまた明日」

 

 

 扉が閉まるまで、達也はじっと深雪を見つめていた。明日になれば、護衛対象や妹ではなく、一人の少女として深雪の事を見れるようになるのかと、達也はそんなことを考えていたのだった。




それでも買っちゃうファン心理……

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