劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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とりあえず、この三家で


それぞれの家の動き

 西暦二〇九七年、一月二日。四葉家が発表した事実を受け、様々な家が動きを見せた。複数の家が動いた中でも、最も早く動いたのは七草家だった。

 新年の集まりも終わり、この日はのんびりと過ごそうと思っていた真由美は、弘一が書斎で待っていると聞かされた時は、明らかに嫌な顔を見せたのだった。

 

「何か御用でしょうか」

 

「真由美、司波達也君という少年を知っているな?」

 

「ええ、可愛い後輩ですから。それで、その達也くんがどうかしたのですか?」

 

 

 弘一との会話を、少しでも早く終わらせたい真由美は、あからさまに不機嫌な態度で弘一に返答をする。そんな娘の態度に、弘一は人の悪い笑みで返す。

 

「何ですか、その顔は」

 

「今日、四葉家が次期当主を発表した」

 

「はぁ……」

 

 

 それと達也が何の関係があるのだ、と言いたげな表情を見せた真由美に、弘一はもったいぶらずに続きを聞かせた。

 

「四葉真夜さんの次の当主に指名されたのは、彼女の息子である司波達也君だ」

 

「……はい?」

 

 

 聞こえなかったわけではなく、真由美の中でその事実を事実をして受け入れる準備が出来ていなかったのだ。元々数字落ちの家系ではないかと疑ってたが、まさか「あの」四葉家の人間で、次期当主に指名されるなどと、真由美は夢にも思っていなかったのだ。

 

「ですが、四葉の魔法師は一般の優秀とは違う基準のはずです。戦闘においては優秀な達也くんでも、四葉の魔法師としては――」

 

「どうやら生まれながらにして力を封印されていたらしい。それでなんだが……真由美、お前、司波達也君の事が好きなのか?」

 

「なっ! なんですかいきなり!!」

 

「四葉家が発表したのは、次期当主を指名した事だけではなく、彼の嫁を募集するとも発表したのだ。今四葉家と友好な関係を築けるのはウチとしてもありがたい事だし、何よりお前が司波達也君に執心だと報告も受けている」

 

 

 いったい誰がそんな報告をしたのかと、真由美は思い浮かぶだけの顔を思い浮かべたが、結局その犯人には思い至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七草家でそのような動きがあったのと、ほぼ同時刻。生駒の九島家に藤林響子が呼び出されていた。

 

「何か御用でしょうか、お祖父さま」

 

「なに、真夜が次の当主を指名した事を教えておこうと思ってな」

 

「次の当主って、深雪さんですよね?」

 

 

 響子は、誰が次期当主候補なのかも知っていたし、その中で深雪がずば抜けて優秀だと称されているのも知っていた。だから次の当主が決まったからといって、呼び出される理由は無いと思っていた。

 

「真夜の次の当主に指名されたのは、司波達也君だ」

 

「えっ、達也くんですか?」

 

「魔法協会を通じて知らされたのは、彼は生まれた時から力を封じられた、真夜の息子だったらしい」

 

「達也くんが、真夜さんの息子? では、深雪さんは達也くんの従妹だと言う事ですか?」

 

「そのようだな。それで、お前を呼び出した理由だが」

 

 

 今までのが前置きだったとは、響子は思っていなかったので、ようやく本題だと言う祖父の顔をまじまじと見つめてしまった。

 

「響子、司波達也君と婚約するつもりはあるか?」

 

「婚約、ですか?」

 

「九島家の状況を考えると、今四葉と縁を結んでおくのが得策だと思われる。そして響子、何時までも死んでしまった幼馴染に固執するのは、家の人間に心配を掛けるだけだ」

 

「分かっています」

 

「君の事情は、彼も知っているだろう。そして、その彼が釣り合う立場になったのなら、躊躇う必要は無い」

 

 

 先ほどまでの『先代九島家当主』の顔から、『孫娘を心配する祖父』の顔に変わったのを見て、響子は烈の言葉に頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七草、九島と動きを見せようとする中、百家の一つも動こうとしていた。千葉家当主・千葉丈一郎は、普段会話をしない娘を離れから本宅の自室へと呼び寄せた。

 

「何か御用でしょうか」

 

 

 末娘のエリカは、本妻の子ではないということで、丈一郎もエリカも互いに干渉しようとはしなかったのだが、父親として娘の幸せを願わない事は無いのだった。

 

「修次から聞いたが、お前のクラスメイトに司波達也という少年がいるそうだな」

 

「それが父上にどのように関係しているのですか?」

 

 

 言葉遣いは丁寧だが、エリカの言葉には隠しきれない棘がある。丈一郎もそれには気づいているが、今はその事について話す時間も惜しいのだった。

 

「その司波達也が、四葉家の次期当主に指名されたそうだ」

 

「そうですか」

 

 

 エリカは、達也が四葉の関係者ではないかと言う事を疑っていた。いや、ほぼ確信をもって、達也は四葉の関係者だと知っていた。だからそれほど驚く事でもないが、てっきり深雪がなるものだと思っていたので、意外感は覚えていた。

 

「何だ、随分と冷静だな」

 

「薄々感付いていましたので」

 

「なるほど。では聞くが、お前はその司波達也と懇意にしているのか?」

 

「仲は良いですが、特別懇意にしているかと問われれば微妙なとこです」

 

「なら、これから懇意にしたいと思うか?」

 

「何を仰りたいのか、はっきりと申し上げてください」

 

 

 はっきりとしない父親に、エリカはいら立ちを覚えていた。ただでさえ顔を見るのも嫌なのだから、要件をさっさと済ませて部屋に戻りたいというのが、エリカの本音だった。

 

「千葉家の人間として、お前を四葉に嫁がせようと思うのだが」

 

「……嫁がせる? あたしと達也君を結婚させるって言うの!?」

 

 

 被ってた猫の皮を脱ぎ捨て、ついつい素が出てしまったエリカ。だが丈一郎はその事にツッコミは入れなかった。

 

「五輪家のお嬢さんは無理だが、彼もどうやら戦略級レベルの魔法師らしいからな。丈夫な子を産むためにも、お前のような健康な娘が欲しいそうだ」

 

「べ、別にあたしじゃなくてもいいんでしょ? だったら別に……」

 

「なら、ローゼンのための政略結婚が良いか?」

 

「………」

 

 

 その二択なら、エリカは間違いなく前者を選ぶと分かっていての言葉に、エリカは丈一郎を睨みつけた。だが、何時もの鋭さは無く、頬を赤らめて、若干涙目で睨む娘に、丈一郎は笑いを堪えていたのだった。




雫は別でやります

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