学友に誕生日を祝ってもらった帰り、達也の通信端末が震えた。
「はい? ……今からですか? ええ……分かりました、一度着替えに帰ってから伺いますので」
「お兄様?」
兄があのような話し方をする相手に心当たりのある深雪は、眉を顰めて達也に問う。
「本家からの呼び出しだ。珍しく本家に来るように言われた」
「叔母様の呼び出しですか? それなら何処か違う場所にすると思うのですが……」
「俺もそう思ったが、如何やら今回の呼び出しは普段と違うようだ」
深雪としてはせっかく達也と二人きりでもう一度誕生日を祝おうと計画していたのだが、本家の呼び出しに逆らったら自分たちの自由が狭まってしまうので仕方なく達也を本家に向かわせる事にしたのだった。
「お兄様、決して自棄を起こしてはいけませんよ」
「分かってるさ。そもそも俺を呼ぶって事は青木さんは居ないんだろう」
達也と深雪の父親の監視のような役目を請け負っている序列四位の青木と言う壮年の紳士は、達也の事を認めていないうちの一人であり、その中でも特に達也を目の敵にしている男だ。
「それじゃあ深雪、行ってくるよ。しっかりと戸締りをして、あまり夜更かしはしないように」
「お兄様、深雪はもう子供では無いんですよ?」
「分かってるけど俺からしたら、深雪はまだまだ子供だよ」
「もう、お兄様ったら」
深雪の頭を優しく撫でながら、妹に向けるには少し甘すぎる笑顔を向けて達也は自宅から出かけた。
「お兄様……深雪は子供では無いんですよ」
居なくなった達也に向けてぼやき、そのまま自室に向かう深雪。その後彼女の部屋から嬌声が聞こえるのだが、運良くこの家には深雪以外には人が居なかったのでその声を聞かれる事は無かった。
バイクで本家まで来た達也は、出迎えてくれた侍女にバイクを任せて呼びつけた相手の待つ部屋へ向かった。
「失礼します、葉山さん」
「お待ちしておりました、達也殿」
達也を本家へ呼び出したのは当主の真夜が最も信頼を置いている葉山だった。
「それで葉山さん、用件をお聞きしてもよろしいですか?」
「達也殿なら大方の検討は付いているのではないですか?」
質問に質問で返すのは葉山としては珍しい事だったのだが、それで達也は自分の考えが当たっていると確信した。
「それで今日なのですか? 別に明日でも良かったのでは」
「真夜様は達也殿を大事にしておりますゆえ」
「それで青木さんは出張ですか」
「おやおや、そんな事まで知っておられましたか」
「俺を屋敷に呼んだんですから、俺を目の敵にしている青木さんが不在だと思うのが普通だと思いますけど?」
達也の披露した考えに、葉山は声を抑えて笑った。
「確かに、あのものは達也殿を敵視しておりますからな」
「俺なんかにムキになるなんて、青木さんも暇なんですかね?」
この発言に、葉山は声を抑えきれずに笑い出した。四葉家の執事はそんなに暇では無い事は、達也も知っているんだから、明らかに冗談だと分かっているから笑ったのだ。
「それで葉山さん、叔母上の姿が見えませんが」
「真夜様なら……」
「お待たせ!」
葉山の言葉をぶった切って大きな音を立てて扉が開いた。
「叔母上、如何したんですか?」
「ん~何が?」
「いえ、随分と着飾っておいでですが、来客でもあったのですか?」
「たっくんが来るからオシャレしたんだよ」
「はぁ……」
苦笑いを浮かべ葉山を見ると、器用に片眉だげ上げて達也に同情してくれた。
「葉山さん、例のものを」
「畏まりました」
一礼して部屋から去っていく葉山を見送ってから、達也は視線を真夜へと移した。
「覚えておいでだったんですね」
「当たり前じゃない! 可愛いたっくんの誕生日だもの」
「母さんが生きていたらどんな反応をしたでしょうね」
「姉さん? きっと口惜しがったんじゃない?」
「何故?」
あの母親に口惜しがると言う感情があったのかすら、達也は知らない。自分の実の母親なのに、達也は殆ど知らないのだ。
「とある事情で姉さんもたっくんみたいに感情の殆どが無くなっちゃったからね」
「叔母上もなのでは?」
「私は二人ほど酷くないもの。それにこうやってたっくんを愛おしいと思えるわよ」
四十を過ぎているのに型崩れせず、綺麗な形を保っている胸を達也に押し付ける真夜。明らかに甥にする行為では無い。
「ねぇたっくん、たっくんはこの家が嫌い?」
「俺にそう言った事を思える感情はありません」
「私はね、出来れば次の当主はたっくんになって欲しいと思ってるんだけど、それは出来ないのよね」
「でしょうね。そんな事をすれば分家の人や家中の人も黙ってないでしょうね」
「本当の能力で言えば、たっくんがぶっちぎりなんだけど、世間一般の能力だとね……」
「秘匿主義の四葉が世間体を気にするんですから、皮肉ですよね」
達也たちの苗字が『司波』なのも四葉の事情が多分に含まれているからなのだが、達也が言った通り四葉は秘匿主義なのだ。
「当主は如何しても顔を出すからね。普通の魔法力があった方が良いのよ」
「だから母さんは俺を深雪のガーディアンにした。魔法力の低い俺を四葉に繋ぎ止める為に」
「それだけでは無いのだけどね」
「……俺が敵にならないように」
「やっぱり知ってたんだ」
達也がつぶやくように言った事をはっきりと聞き取った真夜は、ため息交じりに頷いた。四葉真夜の敵となりうる数少ない魔法師、それが達也なのだ。その達也を四葉の敵にするのは得策では無いので今の状況になってるのだ。
「叔母上は俺を優遇してくれてますが、四葉全てにそれを望むのは無理でしょ」
「だからこうして直接会える機会も少ないのよ」
「青木さんは叔母上の熱狂な信者ですからね」
「何それ、私は教祖では無いのだけど?」
真夜の冗談に達也は顔を綻ばせた。大げさに笑う事も出来ない達也の精一杯の感情だ。
「葉山さん、何時まで盗み聞きしてるんですか?」
「さすが達也殿、お見通しでしたか」
「葉山さん、行儀が悪いわよ」
形だけの叱責に頭を下げ、葉山は運んできたものを二人の前に置く。
「今日はたっくんの為に作らせたのよ」
「料理人が良く納得しましたね」
「たっくんは知らないかも知れないけど、侍女の間ではたっくんは人気なのよ」
「達也殿の子供を生みたいと言っている侍女も少なく無いですな」
四葉本家に仕えている侍女が落ちこぼれの自分の子供を生みたいとは、何て冗談だと笑い飛ばそうとした達也だったが、真夜と葉山の目には冗談だとは思えない思いが籠められていた。
「そうそう、たっくんのお嫁さん候補なんだけど……」
深雪を連れてこなくて本当に良かった。そう思いながら食事を摂りながら真夜に見せられている写真を見ていた達也だった。
次回から本編に戻り、九校戦編へと入ります。また何時かIFをやるかもです