劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一条より一色を先に……


一色家の動き

 石川にある一色家では、年初めの挨拶回りを娘に任せ、当主や従者の中でも上位に数えられる腹心たちは四葉家の発表について話し合っていた。

 

「四葉家と言うと、今でさえ手が付けられないほどの実力者ぞろいだ。そこに新たに加わる司波達也、深雪両名は我が娘愛梨と同学年であり、九校戦での実績も十分だと報告を受けている」

 

「従妹の深雪嬢ですが、愛梨お嬢様に勝利した実績があるようです」

 

「そして次期当主に指名された司波達也君は、一昨年の九校戦で一条のプリンスを一対一で破った実績があります」

 

「一時期問題になったあれか。そうか、あれは四葉のご子息だったのか」

 

 

 当時は名も無き魔法師が十師族の次期当主を真正面から倒したと魔法師界に激震が走ったが、それが実は四葉の御曹司だったとすれば、納得できるものだった。

 

「しかし、昨年の九校戦には、司波達也殿は参加していなかったと記憶しておりますが」

 

「彼は選手としてではなく、エンジニア、作戦スタッフとして参加していたとお嬢様からお聞きしました」

 

「そうか……では、詳しい話は愛梨が戻り次第、本人から聞くことにしよう」

 

 

 当主の言葉に腹心全員が頷き、この場はお開きになった。当主が何を考えているのか、腹心たちはなんとなく察しているのだが、その事は愛梨には伏せられるのだった。

 挨拶回りを済ませ帰宅した愛梨の許に、腹心の一人が近づいてきた。普段から身の回りの世話をしてもらっている侍女の上司に当たる人なので、愛梨も邪険に扱う事は憚られた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「何か用ですか?」

 

「ご当主様がお呼びです。書斎まで来るように、との事です」

 

「お父様が?」

 

 

 高一の夏に、お見合いをぶっ潰してから、微妙な関係だった父親が、自分に用があると言うことに、愛梨は不信感を抱いた。そもそも挨拶回りも、本来なら父親がするはずだったのに、急遽自分に押し付けてきたことにも、愛梨は疑問を抱いていたのだった。

 

「分かりました。着替えたら向かいますと、お父様にお伝えください」

 

「畏まりましてございます」

 

 

 恭しく一礼し、自分の前から去っていった腹心に、愛梨はため息を吐いた。あの時は達也の助けを受けてぶっ潰せたが、恐らく今回の用事もお見合いなのだろうと、勝手に思っていたからだ。今回は同じ手が使えない上に、これ以上一色の面子を潰すわけにもいかないのだから。

 

「せめて達也様に見劣りしない相手なら文句はないのですが……」

 

 

 そう愚痴を零し、愛梨は着替えの為に自室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外回り用の晴れ着から、部屋着に着替えた愛梨は、重苦しい空気のまま書斎を訪ねた。一年弱、微妙な関係が続いている父親と、二人きりで会話をするのは、愛梨にとって苦痛でしかないのだった。

 

「お父様、愛梨です」

 

『入りなさい』

 

 

 扉越しに声を掛け、入室の許可をもらい、愛梨は表面上は何ともない風を装って書斎の扉を開け、中に入った。

 

「お呼びだとお聞きしましたが、どのような御用でしょうか」

 

 

 出来るだけ早く用件を済ませたい愛梨が、父親に対してそう告げる。まずは世間話でもと考えていた父親は、娘の言葉に苦笑いを浮かべたのだった。

 

「そう急かされるとは思ってなかったが、まぁ仕方ないか。愛梨、お前は司波達也、深雪兄妹の事を知っているな」

 

「ええ、存じ上げております」

 

「どういう感じの兄妹だ」

 

 

 父親の質問の意図が分からず、愛梨は首を傾げたが、答えないわけにもいかないので、自分が感じた通りの感想を告げた。

 

「直接対戦した事があるのは、妹の司波深雪さんだけですが、彼女は十師族と言われても納得できるくらいの魔法力を有しております。事実、私も彼女に負けております」

 

「そうか。それで、兄の達也君の方はどうだ?」

 

「一条の跡取りに勝ったという事実もありますが、達也様の真の実力は、戦闘ではなく技術力にあると私は思いますわ」

 

「そう思う理由があるのだな」

 

 

 娘が「様」を付けて呼ぶことに疑問を感じたが、今は脱線している場合ではないと思いなおし、一色家当主は娘の司波達也への評価を聞くことを優先した。

 

「一昨年の九校戦では、発表されて間もない飛行魔法を、大会のレギュレーション内のCADで再現したり、インフェルノやニブルヘイム、フォノンメーザーといった起動式の公表されていない魔法式を選手に提供しておりました。今年はそのフォノンメーザーや吉祥寺真紅郎が発表したインビジブル・ブリットの改良版を選手に提供したりと、高校生のレベルでは太刀打ちできない程の技術力を見せてくださいました」

 

「なるほど」

 

 

 愛梨の評価を聞いて、達也が選手としてではなくサポートで参加していたという意味を理解した当主は、一つ大きく頷いたのだった。

 

「しかし、何故達也様兄妹の事をお聞きに?」

 

「四葉家からの通達で、次期当主に司波達也君を指名したとの事だ」

 

「達也様が、四葉の次期当主!?」

 

「そして、司波深雪嬢は妹ではなく従妹だとも発表され、婚約者候補だとも通達が来た」

 

「婚約者……候補?」

 

 

 前半で絶望感を抱いた愛梨だったが、後に続いた言葉に疑問を覚えた。

 

「四葉家は、司波達也君の婚約者を募集するとも言ってきている。愛梨にその気があるのなら、一色家としても悪い話ではないと思うのだが、どうだろうか」

 

 

 六本木家とのお見合いをぶち壊した手前、六本木家よりも地位の低い家とのお見合いは出来ない。だが四葉家ならば、六本木家も文句はないだろうと考えているのだった。

 

「ですが、達也様を慕う女性は多いとお聞きしますし……」

 

「戦略級魔法師レベルの実力を有する彼には、政府も子を多く残してもらいたいと考えるだろうし、同じく戦略級魔法師の澪殿は身体が弱いため、よりその傾向は強くなるだろう。また、四葉家も本人同士が納得するのであれば、重婚でも愛人を何人作ろうが問題はないと言ってきている」

 

「……分かりました。四葉家へ達也様との婚姻を申し込んでください」

 

 

 娘の返事に、当主はまた一つ大きく頷いて腹心に申し込みの準備をさせたのだった。




愛梨って跡取りなのか? その辺りが良くわかりません……

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