劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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言いたい放題だな……


真夜の本音

 次々と申し込まれる、達也に対する婚約に、真夜は自室で葉山相手にぼやいていた。

 

「顔ぶれを見ると、たっくんの事実を知る前からたっくんの事が好きだと思われていた相手ばかりではないわねぇ」

 

「この中から全員、というわけではないのですから、申し込むだけでしたら誰でも可能ですゆえ」

 

「でも、たっくんと同じ学校の子も多いのよね……明らかに四葉に釣り合わない家の子も」

 

「秘めた恋心に蓋をしていた所為もあるのでしょうな。真夜様も、その気持ちはお分かりになられるのでは?」

 

 

 真夜が我慢していた事を解放する前から知っていた葉山は、柔和な笑みで真夜に問いかける。すると真夜は、恥ずかしそうに頬を赤く染め、葉山から視線を逸らした。

 

「しかし真夜様。この北山家のご令嬢は、かつて十師族に匹敵すると言われた『鳴瀬紅音』のご息女ですし、光井家のご息女は、エレメンツの家系でございますから、四葉家にとっても悪い話ではないと思われます」

 

「その二人は構わないのよ。前々からたっくんの側にいた子たちだから。問題は別なのよ」

 

 

 そう言って真夜は、葉山に申し込まれた婚約の内容が纏められたデータを見せる。

 

「前々からたっくんと交流のあった子なら、まだ理解はできるのだけど、明らかにたっくんや深雪さんと交流の無かった相手まで婚約を申し込んでくるのはおかしいと思わないかしら」

 

「なるほど、達也様だけではなく深雪様へ申し込まれている殿方も少なくないのですな」

 

 

 実を言うと、達也と深雪の婚約を阻止しようと動いているのは一条家だけではない。明確に目的を公言しているのは一条家だけだが、一高に在籍し、それなりに家柄の良い男子も、深雪を娶りたいと申し込んでくるのだ。例えば、一高風紀委員で名門の森崎家とかがだ。

 

「たっくんだけじゃなく、深雪さんも四葉には必要なのだから、外に出すわけないのにねぇ」

 

「それだけではございませんでしょう。深雪様のお気持ちを考慮すれば、他所の男と婚約させるより達也様と婚約された方が良いでしょう」

 

「そりゃねぇ……夕歌さんと亜夜子さんはたっくんのお嫁さんになれて、自分だけ別の男のお嫁さんになるなんて言われたら、深雪さんの事ですから街一つくらいは凍らせてしまうかもしれませんもの」

 

 

 簡単に想像出来る未来に、真夜は少し疲れたような表情を浮かべた。一条家だけなら簡単に躱す事が出来るが、他所までとなると、処理するのが中々面倒なのだ。

 

「黒羽さんにお願いしようかしら」

 

「裏で動かずとも、深雪様を外に出すつもりは無いと公言すればいいのではないでしょうか。深雪様は次期当主候補だったお方ですし、四葉は他家との縁を必要以上に深める意思は無いと」

 

「まぁ、仮にも跡取り息子と称されるんですから、恋愛結婚なんて不可能だと思ってほしいものだけど、好きって気持ちは理屈じゃないのでしょ? 私やたっくんには分からないけど」

 

「そうなると困りましたな……深雪様にふさわしい相手となると、この中では一条家の将輝様が辛うじて、という感じですな。一昨年の九校戦で、力を制限された達也様に負けたという事実から目を背ければ、ですがな」

 

「たっくんより弱いのに、深雪さんをたっくんから掠め取ろうなんて都合が良すぎるわよね。まぁ、一条殿はそんなこと考えていないのでしょうけど」

 

 

 魔法界の為、優秀な遺伝子を内に篭らせない為、と公言している一条家だが、その本音は息子の恋路を応援したい親ばか心理なのだと言う事は、真夜にも理解出来ていた。

 

「そもそも深雪さんが四葉の縁者だと分かった途端にこれですものね。本当に息子の恋路を応援したいだけなのでしたら『司波深雪』の段階で交際を申し込めばよかっただけじゃないですか。もちろん、その状況でも深雪さんが交際を受け入れる保証などありませんが」

 

「十師族の跡取りとして、無名の家の娘では釣り合わないと思ったのかもしれませんな。あれだけの魔法力を見せつけたとはいえ、深雪様は魔法界では無名の『司波』姓でしたから」

 

「龍郎さんも、重役ってだけで大して顔は売れていませんものね」

 

 

 姉の旦那であり、深雪の父親である龍郎の顔を思い浮かべ、真夜は呆れたような笑みを浮かべる。だがその笑みは、見たものを虜にするような魔力が込められているように錯覚するものだった。

 

「あまり目立たれては迷惑だと、真夜様が管理職に就けたのではありませんか」

 

 

 しかし、見慣れているのか葉山には真夜の笑みは通じず、彼が知る事実を真夜に告げる。その事実をあえて黙っていた真夜は、葉山の指摘に悪戯がバレた子供のような表情を見せた。

 

「だって、あの魔法力だけの男が、たっくんより優秀だって言われるのが気に入らないんだもん。大した才能もないのに、たっくんの手柄を横から掻っ攫おうなんて!」

 

「達也様はお気になさらないご様子でしたが」

 

「私が気にするの! それに、多分深雪さんも」

 

「でしょうな。深雪様は龍郎殿が深夜様がお亡くなりになってすぐ、愛人と再婚したことを気にしているご様子ですので」

 

「まぁ、四葉家が先にあの魔法力だけの男を掻っ攫ったんだから、愛人って表現が正しいかは分からないけど、それでももう少し時間を置くとかするのが普通じゃないのかしら」

 

「向こうの言い分もあるでしょうが、年頃の娘の事を考えるならば、そうするのが普通でしょうな」

 

 

 その配慮を怠った所為で、今の状況になっているのですな、と付け加えながら、葉山は真夜のカップにハーブティーを注ぐ。四葉家当主としてではなく、四葉真夜として本音を言える相手は、この屋敷には葉山しかいない。その所為もあってか、真夜は葉山の前では非常に若々しく、毒々しい事も平気で発するのだ。

 これが青木だったのなら、真夜の変わりように焦るだろうが、もはや当たり前のように葉山に本音を吐く真夜を、葉山もまた当たり前だと思っているのだった。




相手が葉山だから出来る、真夜の毒吐き……

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