新年の挨拶に訪れた達也を、響子は嬉しそうに迎えた。普段は人目に付かないようにこっそりと訪れるのだが、今日は特に軍務も無いので、人が疎らなのも関係しているのだろう。
「お疲れさまです、藤林中尉」
「お疲れさま、大黒特尉。ふふ、あけましておめでとう、達也君」
「あけましておめでとうございます、藤林さん。いくら人目が無いからと言って、本名を呼ぶのは」
「あら、駄目かしら? せっかく会えたんだから、たまには良いじゃない」
響子とそのようなやり取りをしていると、扉の奥から声が掛けられた。
『藤林、後で時間はやるから、今は大黒特尉を案内しろ』
「はっ、畏まりました」
上司の命令と言う事で、響子も従うほかなかった。達也を指令室に案内し、自分は渋々と部屋を出ていく。その姿を見送った風間は、ため息交じりに苦笑いを浮かべた。
「中々大変なようだな、大黒特尉」
「昇任おめでとうございます、風間中佐」
「同期の中では後ろから数えた方が早いがな。まぁ、俺が昇任したおかげで、部下たちも昇任したから善とするか」
「中佐、独立魔装大隊の編成に変更はあるのですか?」
「今回は変更なしだ。達也、そっちも色々あったようだな」
上司と部下から、旧知の仲相手への喋り方に変えた風間に、達也も苦笑いを浮かべて答えた。
「あの家は色々とあり過ぎですからね」
「俺も師匠から聞いたんだが、君と深雪くんが従兄妹だったとはな」
「母上が何を考えて発表したのかは、俺にも分かりません。ですが、特に何かが変わるわけでもないでしょうし、問題はないと思います」
「少なくとも、今まで通りというわけには行かないだろ。兄妹だから許されていた同居も、従兄妹だと許されないかもしれん。特に、お前は今婚約者決めという微妙な時期なんだ。その候補者の一人が一緒に暮らしているのは、他の候補者が押し掛けてくる理由になりかねない」
風間の心配を、達也は杞憂だと一蹴する事が出来なかった。確かに妹だったから許されていたのだろうと、改めて自覚すると、押し掛けてくる人間がいてもおかしくないと思ってしまったのだった。
「とにかく、師匠が言っていたように、お前たちの事は魔法師界の中で物凄いスピードで噂されている。覚えのない恨みを買っているかもしれないから、そっちにも気を付けろよ」
「ご忠告、ありがとうございます。軍務には支障が出ないように気を付けます」
「お前が四葉の当主になったら、俺たちは貴重な戦力と頭脳を失う事になるからな。今から少しずつ慣れておくようにしておかなければと思ってたから、多少支障が出ても構わないぞ」
風間の冗談に、達也はもう一度苦笑いを浮かべたのだった。
風間との話し合いを終えた達也は、設備の一角にあるカフェスペースに足を運んだ。特に約束をしたわけではないが、風間が入室の際に響子に時間をやると言ったので、達也は律儀にその約束を守ったのだ。
「ごめんなさいね。せっかくのお休みに」
「いえ、構いませんよ。それで、何か話があるのですよね」
「まずは、次期当主決定、おめでとう」
「ありがとうございます、で良いのでしょうか? 俺自身もまだ実感がありませんので」
「まぁずっと深雪さんがなるとばかり思ってたからね。達也君も実感湧かないか」
達也の本音に、響子も苦笑いを堪えられなかった。報告を受けた時、響子も驚いたのだが、達也本人が一番驚いているのを失念していたのだ。
「それで、達也君の婚約者候補の事だけど、実際はどれくらいきてるの?」
「正確な数は俺も知りません。が、十師族や師補十八家、百家から相当数きていると聞いていますし、数字付き以外からも何件かあるようですよ」
達也が把握しているだけでも、雫、ほのか、エイミィなどの一高二年女子の名前が挙がる。それ以外にも結構な数が申し込んできているのだ。
「その全員と結婚するの?」
「まさか。いくら魔法師界発展の為とはいえ、全員はおかしいでしょう。他にも男性魔法師はいるんですから」
「じゃあ、真夜さんが篩にかけて、残った中から達也君が選ぶってこと?」
「さぁ。その辺りはよくわかりません」
これは韜晦ではなく達也の本音だ。募集して数日で、本人が把握しきれないくらいの応募数なので、どう決めるかまでは話し合っていなかったのだ。四葉家でも、予想を遥かに超える応募に困惑している状況なのだから、そうなってしまったのも仕方ないだろう。
「私はちょっと年が離れてるし、篩い落とされるかもしれないわね」
「藤林さんは家柄も問題ないですし、旧知と言う事で大丈夫だと思いますよ。何より、俺の得意魔法を知っているわけですから」
「一介のお嬢さんたちに、達也君の魔法を知って耐えられるかどうか分からないものね」
分解と再成という、二つの得意魔法――特異魔法ともいえるが――を知って恐れを抱く可能性が他の候補者にはある。その点、軍でともに働いていて、その魔法を目の前で見たことがある響子は、達也のパートナーとして十分な人物だと判断されるだろう、と達也は考えていた。
「でも、私以外にも知ってる子がいるんじゃないの?」
「分解と再成は知っていても質量爆散まで知ってるのはかなり限られています」
「あくまでも『戦略級魔法師と同じくらい』って噂だものね。本当に戦略級魔法師だと知っているのは、四葉の関係者を除けば私だけか」
「どうでしょう。七草家の当主は知っていそうですけどね」
達也は弘一との面識はないが、真夜がなんとなくそんな話をしていたのを知っていた。恐らく言いふらすような事はしていないだろうが、真由美を四葉家へと考えている時点で、何か腹積もりがあるのだろうと警戒していたのだった。
「真由美さんも、達也君の事を想ってたからちょうどよかったのかもね」
「あの人はどっちも知ってますからね」
達也が真由美に説明したのは――説明したのは深雪だが、再成だけだ。だが真由美はマルチ・スコープで達也の分解を見ている。その事が真由美にどう影響するかは、達也にも分からないのだが、少なくとも二つの魔法を聞かされて恐れをなすと言う事はないだろうとは思っているのだった。
とりあえず、原作に名の無い相手は篩い落とす方向で