六月末日、部屋で情報収集していた雫の許に電話が掛かってきた。
「ほのかから? もしもしほのか? 如何かしたの?」
「ヤッホー雫、試験勉強進んでる? 私は全然駄目なんだ~」
「……忘れてた」
ほのかに現実を突きつけられてその場で膝をつく雫、彼女の頭の中は試験では無い事でいっぱいだったのだ。
「もしかして雫、九校戦の事が気になってるの? 今年は私たちも参加する側だからね」
「うん、本命はウチと三高だと思ってるんだ」
「そうだね、でもテストもちゃんとやらないとね」
「うん……」
既に一週間を切っている日程を自覚して、雫は心なしかテンションが低い。それをほのかが感じ取ったかは分からないが、雫にとってありがたい提案をしてくれた。
「それじゃあさ、深雪やエイミィを誘って勉強会しようよ」
「それ良いかも……でも二人の予定も聞かないと」
「そうだね。それじゃあ私がエイミィの予定を聞くから、雫は深雪の予定を聞いておいて。後でまた電話するね」
「ん」
親友との電話で思い出したのだが、九校戦の前には学校の試験があるのだ。雫はパッと見では分からないように慌て、通信端末から深雪の番号を呼び出した。
翌朝、司波家の朝は達也の呆れた声が聞こえていた。
「それで昨日はあんなに遅くまで起きていたのか」
「ゴメンなさい、つい盛り上がってしまって……」
「別に責めてる訳では無いんだが、あまり夜更かしはしないほうが良いぞ」
雫からの電話を貰った深雪は、二つ返事で勉強会への参加を決めたのだが、その後雫と九校戦の話で盛り上がってしまい、電話が終わったのは深夜十二時を回ってからだったのだ。
「それでお兄様、放課後お兄様も参加していただけないでしょうか?」
「俺も? 二科生である俺に教わるのは如何なんだ?」
「大丈夫です! ほのかも雫もお兄様の事を尊敬してますし、明智さんもそう言った事には拘らない人だそうですから」
「そうか、まぁ委員会も無いし構わないよ」
前までは委員会と剣道部で忙しかった達也だが、試験前で部活も休止中の今は割りと時間があるのだ。
「十文字会頭も何故お兄様に剣道部の事を任せたのでしょうね」
「何でも部員からの要求らしい。非魔法クラブを差別してない事を証明する為にも、部活連としては要求に応えたかったらしいぞ」
紗耶香をはじめ、複数人の剣道部女子と、達也の動きを目の当たりにした男子部員からの強い要望があったために、ここ数日達也は剣道部の活動に参加していたのだ。
「でもまさか、桐原先輩まで参加するとは思って無かったですね」
「まだ壬生先輩の事が諦められないそうだ」
「でも壬生先輩は桐原先輩の事を完全に弟扱いしてますよね?」
深雪が言うように、紗耶香は桐原の事を弟のように扱っており、随分と甘やかしているのだ。桐原もまんざらではなさそうで、達也は呆れながらも微笑ましい姉弟のやり取りを見ていたのだ。
「勉強会の事は分かったが、参加者は北山さんや光井さんたちだけかい?」
「エリカや美月、それと西城君も誘いたいと言ってましたが……」
「分かった。そっちは後で俺が聞いておく」
「お願いしますね」
兄が引き受けてくれる事を前提で話を進めていたので、深雪としては達也の返事が予想通りで安心していたのだ。
「それじゃあそろそろ行こうか」
「そうですね。お兄様、今日も頑張りましょう」
試験前だと言うのに、この兄妹には独特の緊張感がまったく感じられない。それだけこの二人の成績が優れているのだと言う事なのだろう。
学校に着き教室で朝深雪から言われた事を友人に話す達也。そしてその友人たちはすぐにその話に乗ってきた。
「助かるわね! 一人じゃ如何しても他の事したくなっちゃうし」
「確かにエリカの言う通りだぜ。机に向かってるのに他の事が気になってくるしな」
「でも、私たちが参加しても良いんでしょうか?」
「そもそもが向こうから誘ってきてるんだよ? こっちが遠慮する必要は無いって!」
「オメェは誘われてなくても参加しそうだな」
「何よ、アンタだって誘われてなくても参加しそうじゃないのよ!」
この二人は何故こうも争いたがるのだろうかと達也が呆れた視線を向けると、二人は恥ずかしそうにその場に座った。くしくも達也の席と机だった……
「とりあえず三人共参加って事で良いんだな? それじゃあ深雪にはそう伝えておく」
「でもよ、一科生の人たちに混じって勉強するんだろ? 何だかやり難い感じがするぜ」
「大体誰が先生役をするの? 深雪? それとも他の人?」
「さぁ? それはその場で決めるんじゃないのか? そもそも勉強会だからと言って必ずしも誰かが教師役をする必要も無いんじゃないのか」
「そうですね。分からない箇所を教えあうって形で良いと思いますよ」
達也の考えに同調を示す美月。彼女もまた達也たち同様試験前の独特の緊張感を感じさせない雰囲気を纏っているのだった。
「そう言えば達也、最近剣道部に行ってるようだが、何かあったのか?」
「前のブランシュの騒ぎの後、十文字会頭に申請があったんだよ。俺に剣道部の代理部長を勤めて欲しいって」
「それってずっと?」
「いや、夏休み明けまでだが」
「それで達也君が闘技場に居るんだ。てっきりさーやに会いに行ってるのかと……ゴメン、冗談だからその目は止めてほしいな」
達也から非難の目を向けられて、エリカは冗談を途中で撤回した。とてつもない居心地の悪さに、エリカも耐えられなかったのだ。
「それにしても達也さん、最近特にご活躍ですよね。ウチの部活の先輩たちも噂してました」
「へ~え、それってどんな噂?」
噂の内容に興味を示したエリカだが、完全に面白そうな空気を感じ取っているようだ。レオも似たような顔をしているのを見て達也は、「やっぱりこの二人はそっくりだな」と思っているようで、呆れた顔をしていた。
「達也さんに恋人は居るのかとか、深雪さんとは本当にただの兄妹なのかとか色々です」
「やっぱり達也君はモテモテだね!」
「……他人事だと思って面白がってるだろ」
「うん!」
「ハァ……」
面白がってる事を隠そうともしなかったエリカに、達也はため息を堪え切れなかった。それでなくても最近真由美や鈴音が面白く無さそうな顔をしているのに頭を悩ませていたのだが、これ以上悩みの種は増えて欲しく無かったのだ。
「達也の活躍は最早一高全員が知ってるからな」
「勧誘合戦の時もだけど、図書館での戦いっぷりもね」
「俺は殆ど何もしてないだろ……レオとエリカが片付けたんだろ」
「でも俺たちはさすがに一撃で沈めては無いぜ」
「そうそう、達也君みたいに急所を一撃で抉れるほどの力量は私にもコイツにも無いし」
「……ハァ」
達也としては黙っておきたかったのだが、真相を知りたがった生徒たちに、真由美が伝えられる範囲で教えたのだ。それが若干脚色されていたのを知ったのは、既に知れ渡った後だったので、達也はますます頭を悩ませていたのだった。
九校戦編ですが、暫くはオリジナルの話になりそうです