劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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香澄はどうしよう……


余波

 達也・深雪問題の余波は、一年C組にも訪れていた。司波兄弟の従妹として振る舞っていた水波も、生徒たちの興味の対象になっていたのだ。

 

「ねえねえ桜井さん、司波先輩たちって兄妹じゃなくって従兄妹なんでしょ? じゃあ、一緒に暮らしてる桜井さんはどういった関係になるの?」

 

「てか、兄妹だから我慢してた事もあるでしょうし、その枷が無くなったんだから司波先輩たちって何か変わったのかな?」

 

「そりゃあ、婚約者候補が一つ屋根の下にいれば」

 

 

 答える前に勝手に盛り上がるクラスメイトに、水波はため息を吐いて答えた。

 

「達也様も深雪様も、以前と変わらぬ生活をしています。お二人はそのような情に流されるような軟な心は持ち合わせていませんので」

 

「あれ? 桜井さんって前まで『達也兄さま』『深雪姉さま』って呼んでなかったっけ?」

 

「以前は達也様のご命令で、そのように呼ぶようにしておりましたから」

 

「じゃあやっぱり、桜井さんは司波先輩の従妹じゃなかったんだ」

 

「私はその……四葉家に援助してもらってる身でして……そういうわけもありまして、達也様と深雪様の身の回りの世話もしているのです」

 

 

 ついつい、四葉の従者ですと言いそうになって、水波は寸でのところで思いとどまった。

 

「へー、四葉家ってそんなことしてるんだ」

 

「桜井さん、次の授業は移動教室だから、私と一緒に行こう」

 

「あっ、はい」

 

 

 答えにくい質問がされたところで、香澄から助け船が出された。彼女は七草、水波は桜井なので、席が前後だったからもあるが、香澄は噂話で浮かれてるクラスメイトに嫌気がさしていたのもある。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「ううん、気にしないで。ボクにも無関係な話じゃなかったしね」

 

「真由美様も、達也様の婚約者候補ですからね」

 

「お姉ちゃん、司波先輩の婚約者になれるかもって分かって、随分と機嫌が良いんだ。お父さんとの喧嘩の回数も減ってるし」

 

「そうなのですか」

 

 

 香澄の一人称が、普段使いの『ボク』になっていたのが気になったが、水波はそこには触れなかった。

 

「本当に、噂話で盛り上がるのってボクは嫌だな。本人がいないところで勝手に話が大きくなったりするし、本人の耳に届くころには、手遅れなくらい改変されたりしてるからさ」

 

「達也様も深雪様も、噂話程度で動揺するような方ではありませんけどね」

 

「まぁね。あの二人はどんな噂を流されても動じ無さそうだもんね。特に、お兄さんの方は……あれ? 兄妹じゃないから、この呼び方って間違ってるのかな?」

 

「どうなのでしょう? 深雪様も未だに『お兄様』とお呼びになる回数の方が多いですし、気になさらなくてもよろしいかと思いますよ」

 

「桜井さんって、従者か何かなんでしょ? 喋り方がそれっぽくなってきてるし」

 

 

 香澄が『ボク』という一人称を使ったのと同様に、水波もついつい普段使いの口調になってしまっていた。その事を香澄に指摘され、しまったという表情を浮かべたのだった。

 

「答えなくていいよ。その顔で分かったから」

 

「あの、この事は……」

 

「黙ってるよ。ボクは噂話とか嫌いだからさ」

 

「ありがとうございます、七草さん」

 

「香澄で良いよ。七草はこの学年に二人いるんだし。それに、ボクたち友達でしょ?」

 

「……ありがとうございます、香澄さん」

 

 

 水波の返事に、香澄は満足そうに頷いて、水波の手を取って移動先まで進んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也がいない食堂で昼食を摂っていたエリカが、黙々と食べる幹比古と美月を見ているのを、レオは不思議な気分で眺めていた。ついこの前までは、この場に達也と深雪、時間があえば雫とほのかもいた。だが今は達也も深雪も雫もほのかもいない。昨日はエリカもいなかったのだが、今日はこっちに顔を見せているのがまた不思議だったのだ。

 

「ミキ、美月」

 

「ん?」

 

「なに、エリカちゃん」

 

 

 エリカが二人に声を掛けたので、レオは黙って状況を見守ることにしたのだった。

 

「アンタたち、どうして達也君を避けるの? そんなに『四葉』の名前が怖いの? 達也君との関係は、その程度で切り捨てられるものだったの?」

 

 

 エリカの直球の質問に、幹比古も美月も咽込んだ。エリカの性格は分かっていたつもりだったが、こうも直球で切り込まれたら咽ない方が難しかった。

 

「ミキは達也君のお陰で以前の実力を――ううん、それ以上の力を手に入れたんでしょ? 美月だって、達也君に魔法工学なんかを教わってたでしょ? それが達也君が『四葉』だと分かった途端に、はいさようならなわけ? 随分と友達甲斐が無いわね」

 

「だって、達也は僕たちに何も教えてくれなかっただろ? つまりは、達也にとって僕たちはその程度だって事なんじゃないのか?」

 

「はっ、馬鹿じゃないの! ミキだって私たちに秘密にしてる事なんて、十や二十じゃ足りないでしょ? 達也君が見抜かなかったら、雷童子の術式を公表する事も、改良する事も出来なかったんじゃないの? なのに何も話してくれなかったから友達じゃ無いですって? 寝言も大概にしなさいよね! 結局アンタは『四葉』の名前にビビってるだけよ」

 

「エリカは怖くないのかよ」

 

「怖いわよ。そりゃあの『四葉』ですもの。でも達也君は友達でしょ? 今までずっと一緒に過ごしてきた、大切な友達」

 

 

 エリカの言葉を聞いて、レオは彼女に味方する事にした。そもそもレオは、達也が四葉であろうがなかろうが、態度を変えるつもりは無かった。

 

「エリカの言う通りだな。幹比古も美月も、もちろん俺やこいつも達也には世話になってきた。それが四葉の縁者だってだけで過ごしてきた時間がウソだったって事にはならないんじゃねぇのか?」

 

「レオ……君ってやっぱりすごいよね」

 

「そうか?」

 

 

 幹比古が何に感動しているのかイマイチ理解していないレオは、ただ首を傾げただけだった。

 

「分かったよ。すぐには無理でも、努力してみる」

 

「もちろん、美月もだからね」

 

「う、うん……頑張る」

 

 

 こうして、幹比古と美月も、達也が四葉の関係者だというだけで避ける事を止めるきっかけを手に入れたのだった。




噂話に群がるハイエナのようだ……

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