劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼は叩かれるべき事をした


七宝の気持ち

 ほのかは仕事の為に部活蓮本部を訪れていた。会頭の五十嵐に用事があったのだが、タイミングが悪く本部には琢磨しかいなかった。

 

「あの、五十嵐会頭とお約束しているのですが」

 

「会頭ならすぐに戻ると思いますよ」

 

「どのくらいでしょうか」

 

「そうですね……会頭のすぐは本当にすぐですから、五分くらいでしょうか」

 

 

 琢磨の回答に、ほのかは頷いて待たせてもらう事にした。この後輩は、達也に噛みついた過去があるので、ほのかとしても好ましく思っていないが、彼女の性格上、はっきりと拒絶する事も出来ないでいるのだった。

 

「あの、光井先輩」

 

「なんですか、七宝君」

 

 

 だからこうして話しかけられると、ほのかの本心とは裏腹に返事をしてしまう。美人で優しい先輩に恋心を抱いてしまっても、仕方ないと評されるかもしれないが、ほのかは達也の婚約者候補として周りから十分に認められている。琢磨が気持ちを伝えたところで受け入れられないのは、彼にも理解できる事だった。

 

「先輩は司波先輩の事が好きなんですか?」

 

「な、なにをいきなり聞いてくるんですか」

 

「いえ、司波先輩が『四葉』だと発表されて早々に婚約を申し込んだので、もしかしたら家の都合なのかなと思いまして」

 

 

 琢磨はほのかがエレメンツの家系であることを知っている。その事を知られていても、ほのかは驚きはしなかった。仮にも師補十八家の跡取りなのだから、それくらい知っていてもおかしくは無いとほのかも思っていたからだ。

 

「何のことかは聞かないけど、達也さんの件は家とは関係ありませんよ」

 

 

 琢磨の質問の意図が理解できなかったほのかは、とりあえず事実を告げる。婚約の申し込みは自分の意思で、そこに家の思惑など介在しないと言う事を。

 

「あ、あのですね……俺、先輩の事が――」

 

「七宝、何してるんだ?」

 

「か、会頭……」

 

 

 何を血迷ったのか、琢磨がほのかに告白しようとしたタイミングで、会頭の五十嵐が部活蓮本部に戻ってきた。しかも五十嵐の背後には、風紀委員として同行していた雫がいたのだった。

 

「サイテー」

 

「なっ!? ち、違うんです!」

 

「何が違うの? 婚約者が決まりそうな相手に告白するなんて」

 

 

 普段感情を感じさせない話し方をする雫が、嫌悪感を露わにして自分を責めてくることに、琢磨は狼狽した。彼は「好きでした」と告げるつもりだったのだが、運悪く五十嵐と雫がやってきて、弁解するチャンスも無く責め立てられているのだった。まぁ、雫が勘違いするのも無理は無く、琢磨の表情は告白をしようとする少年の表情そのものだったのだ。

 

「七宝、お前は少し反省した方がよさそうだな。この事は司波君に報告させてもらう」

 

「ま、待ってください! 俺は司波先輩から光井先輩を奪おうなんて――」

 

「言い訳するなんて、ますますサイテー。ほのか、行こ?」

 

「う、うん……五十嵐会頭、話はまた後日改めてと言う事で」

 

「分かりました。このような状況では仕方ないですもんね」

 

 

 ほのかの心境的に、この場にとどまるのは不可能だと判断した五十嵐は、話し合いを先送りにすることを了承して、ほのかと雫が部活蓮本部から去っていくのを見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ってきたほのかを、深雪は不思議そうな顔で出迎えた。彼女の考えでは、ほのかが戻ってくるのはもう少し後のはずだったから、その反応はほのかにも理解できた。

 

「早かったわね。何かあったの?」

 

 

 深雪の疑問に答えたのは、ほのかではなく雫だった。

 

「七宝君がほのかに告白しようとした」

 

「えっ? でもほのかはお兄様の……」

 

「うん。だから同じ場所にいるのは嫌だと思ったから連れて帰ってきた。今、七宝君は五十嵐君と十三束君に怒られてる」

 

 

 告白まがいな事は確かにしようとした琢磨だが、あくまでも自分の気持ちに決別するためにしようとしたものだ。だがその勘違いを訂正するチャンスを与えられないままに、彼は今も怒られているのだった。

 

「ほのか、何か心当たりは無いの?」

 

 

 雫からしてみれば、何故ほのかが琢磨に恋心を抱かせたのかが理解できない。達也の事を目の敵にしていた彼が、達也シンパであるほのかを好く理由が見当たらないのだ。

 もし琢磨が達也の事を目の敵にしていなければ、好かれる理由などいくらでもあるほのかなのだが、どうしてもその事が引っ掛かってしまっている雫は、直接ほのかに聞くことにしたのだった。

 

「分からない……七宝君とはそれほど交流も無かったし……」

 

「光井先輩は、一年の間で結構人気なのですよ。美人で優しくてその……胸も大きいですし」

 

 

 泉美が割って入ってきたことに、雫は意外感を覚えたが、彼女の答えを聞いて、なんとなく琢磨の行動が理解できた。それも勘違いなのだが、その事を正せる人間はこの場にはいなかった。

 

「つまり七宝君は、ほのかの外見だけで達也さんを憎んでる感情を忘れたんだね」

 

「まぁ、同性の私から見ても、ほのかは可愛いものね」

 

「深雪、冗談はやめて!」

 

「あら? 本心から言っているのだけど」

 

 

 深雪とほのかのやり取りを、泉美は少し羨ましそうに眺めていた。彼女は深雪に褒められたい、自分もほのかのように可愛いと言われたいと考えているのだろうと、その隣に座っていた水波は受け取っていた。

 

「お前ら、仕事が溜まってるんだから遊ぶのも大概にしろ」

 

「も、申し訳ございません、お兄様」

 

「ごめんなさい、達也さん」

 

 

 ただ一人黙々と作業をしていた達也が、苦笑いを浮かべながら二人に注意をすると、二人は弾かれたようにじゃれあうのを止め、直立不動で謝罪をした。その反応に、達也の笑みは苦みを増したのだった。

 

「七宝の気持ちなど、俺たちには理解できないんだ。話し合うだけ無駄だと思うぞ」

 

「そうですね。七宝君がどのような気持ちでほのかに告白しようとしたかなんて、私には理解できませんものね」

 

 

 達也に言われたことを鸚鵡返しのように繰り返し、深雪は自分のデスクに戻り書類整理をはじめ、ほのかもそれに倣うように腰かけ、残っていた書類に目を通し始めたのだった。




なんとなく、タイミングが悪い七宝……

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