月曜日、達也が教室に現れるとエリカと美月がお喋りしていた。達也が来たことに気付いたエリカが、片手を上げて挨拶してくると、美月も達也に視線を向けて頭を下げた。
「おはようございます、達也さん」
「ああ、おはよう」
「達也くん、おはよー! 今日はあたしもお昼一緒に食べるからね」
「分かった」
エリカの申し出を受け入れ、達也は自分の席へと腰を下ろした。そのタイミングでレオと幹比古が教室に入ってきた。
「よう、達也」
「早いな、レオ」
「山岳部のミーティングで朝早くに呼ばれてたんだ」
「何かするのか?」
達也も山岳部には顔を出しているので、そう何かあるのなら聞いておきたかったのだった。
「だが、水波は何も言っていなかったし、呼ばれても無かったようだが」
「呼ばれたのはヤロウだけだからな。それに、桜井は生徒会に入ってからあまり部活に顔を出してねぇし」
「そうだったな」
水波は生徒会に引き抜かれた際、本当は部活を辞めるつもりだったのだが、籍だけは残しておいた方が良いと達也が助言し、ほぼ幽霊部員と化しているのだった。
「お、おはよう達也」
「おはよう。幹比古も随分と早いんだな」
「まぁね。風紀委員長として、気になることがあるから」
「気になること? 外にいる自称マスコミの方々か?」
達也と深雪が四葉の関係者だと魔法協会を通じて発表されてからというもの、彼らの周りには常にマスコミが付き纏っている。達也と深雪だけなら、いくらでも撒く事が出来るのだが、一高の生徒たちはそう簡単にマスコミから逃げる事が出来ないのだ。
だから達也は幹比古がその事を気にしてるのだと思ったのだが、どうやら彼が気にしてる事は別にあるようだった。
「『人間主義者』の集団が、我が校の生徒に付きまとってるらしいんだ」
「マスコミの中に毛色の違う気配があるのは感じていたが、あれは人間主義者の集団だったのか」
「気配って……やっぱり君は僕の常識を遥かに超えたところにいるんだね」
褒めたのか貶したのか、どちらとも取れる言い方で幹比古が言うと、達也は苦笑いを浮かべてその言葉を受け入れた。
「それでミキ、その人間主義者様にはどう対応するつもりなの?」
「僕の名前は幹比古だ! 対応も何も、手を出されていない以上、こちらから出来る事は無いよ。精々嫌がらせから逃げるくらいしかね」
「どうせ魔法師排斥とか言ってるんだから、こっちから打って出ても悪くないんじゃないの?」
エリカの過激な発言に、達也は浮かべていた苦笑いにさらに苦みを増した笑みを浮かべる。
「その考え方は危ないな。特に今は」
「何でよ?」
「周りにマスコミがいるんだ。あいつらの中にも人間主義思想の輩がいるかもしれない。そうなったら、自分たちの都合の良いように改変して報道するだろうしな」
達也のマスコミ嫌いは、エリカも知っていた。だけどそこまで考えられるなんて、どこまで嫌いなんだろうと気になってしまったのだった。
「達也くん、前にマスコミと何かあったの?」
「何かって?」
「いや、達也くんのマスコミ嫌いは知ってたけど、そこまで嫌うからには何かあったのかなって」
エリカの疑問に、幹比古とレオも興味を示した。彼らも達也がマスコミを嫌う理由が気になっていたのだが、どうにも切り込めなかったのだ。
「特に表立ったものは何もない。お前らだって、なんとなく嫌いって感情はあるだろ」
「でもさ、達也くんがこれほどはっきりと嫌がるなんて、絶対に何かあるって思っちゃうわよ」
「そう言われてもな……奴らがしっかりと『報道の自由』という言葉の意味を理解していれば、ここまで嫌う事もないだろうさ。報道するのは自由かもしれないが、相手のプライバシーや周りの迷惑を考えないのは、どうもいただけない」
「確かにそうかもね。九校戦の時、四高の新入生が襲われそうになったって話題になってたよ」
「あぁ、あの黒羽姉弟か。四葉の関係者じゃないかって一時期噂が流れてて、大変だったらしいな」
達也はその事を文弥から聞いていたのだが、あたかも初めて聞いたかのように振る舞う。文弥たちはあくまで「関係者なのではないか」と噂されているだけで、関係者だと発表されていないのだ。
「達也が知らねぇってことは、やっぱりあの噂はデマだったのか」
「だいたい関係者だったら、達也くんの婚約者候補にお姉さんの名前は上がらないでしょ、深雪じゃあるまいし」
「それもそうか」
エリカとレオのやり取りに、幹比古は表情を青ざめていた。達也の前で深雪の事を悪く言ったと取られかねない発言だと、彼だけが気づいていたのだ。
「なぁ達也」
「何だ?」
「魔法力が手に入って、今まで通り魔法工学の知識があるんだろ? この前やってた恒星炉の実験、アレも一人で出来るんじゃねぇか?」
「……いや、いくら魔法力が手に入ったと言っても、あの実験を一人でやるのには無理がある。現実問題として、あの実験にはお金がかかりすぎるからな。個人でやるにしても、もう少し後になるだろう」
前回の実験は、廿楽のコネで実験材料を手に入れたが、個人でするにはそうもいかない。いや、達也には廿楽以上のコネがあるのだが、それを公にするのは憚られる。だから達也は一番分かりやすい問題をレオに提示したのだ。
「確かにそうだな。でもよ、何時かはやれるって事か?」
「やれたらいいなとは思っているが、何年先になるか、俺にも分からん」
「てか、あれだけの実験なら、手伝いたいって人が大勢いるでしょうし、達也くんが指揮を執るにしても、一人でってのは難しいんじゃない?」
「そうだな。次やるときは呼んでくれって、市原先輩にも言われてるし」
前回は参加出来なかったが、鈴音としても恒星炉実験は興味深いものなのだ。だからではないが、次にそのような実験を行う際に、一言連絡が欲しいとわざわざ一高に顔を出してまで達也に頼み込んでいるのだ。その事もあり、達也が一人で実験を行うのは、まだ当分先の事になるのだった。
レオって成績は普通だが、やっぱりバカじゃないんだな