劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作とは別のお願い…


摩利のお願い

 放課後、生徒会の仕事を終わらせた達也たちは、帰宅の為に校門へ向かった。校門が近づいたところで、深雪とほのかが人影に気付いた。

 

「誰かいますね」

 

「来客の予定は聞いてないんだけど」

 

 

 生徒会長として、来客があるなら必ず報せがあるはずなのだが、そのような予定は聞いていなかった。だから深雪はしきりに首を傾げたのだが、その人影の正体が分かり、報告がない事に納得した。

 

「渡辺先輩、どうかしたのですか?」

 

「いや、ちょっと達也くんに話があってな。真由美や市原の前では話しにくかったので、こうしてまた参じたわけなのだが、達也くんを借りても構わないか?」

 

 

 達也の周りには、深雪、雫、ほのか、水波、泉美といった面々が囲っており、泉美以外の女子は隙あらば達也の腕に自分の腕を絡めようとしていたのだ。そこに摩利が達也を借りたいと申し出て、素直に受け入れられるとは思っていなかったので、摩利の表情は少し申し訳なさそうだった。

 

「構いません。水波、深雪の事を頼む」

 

「承りました、お任せください」

 

「では渡辺先輩、何処か場所を移しましょう」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 周りの反応など気にした様子も無い達也に、摩利が一番動揺してしまった。だが達也が時間を割いてくれるというのだから、摩利としては文句の言いようもないので素直に付き従ったのだった。

 達也と摩利の姿が見えなくなってから、ほのかが深雪に話しかける。

 

「よかったの?」

 

「何が?」

 

「渡辺先輩が達也さんにどんな用事なのかを聞かなくて」

 

「大丈夫よ。渡辺先輩にはちゃんとした恋人がいるんですから、お兄様と二人きりになっても間違いなんてありえないわよ」

 

 

 ほのかが心配しているのは、達也と摩利の間に間違いが起こることではなく、摩利がいったい達也に何の用だったのかが純粋に気になっただけなのだ。だが深雪は、達也が必要だと思うのなら後で教えてもらえるという確信があるので、その事は気にならなかったのだ。

 

「深雪先輩、お昼にお姉さまが一高に来ていたと聞いたのですが、どのような用件だったのかご存じですか?」

 

「七草先輩なら、お兄様にほのかのお弁当を食べさせたようですよ。帰り際に用が無いのなら卒業生でも気安く来校しないようにと釘を刺しておきました」

 

 

 深雪が真由美に注意したかったのは、来校の方ではなく、達也に物を食べさせるという行為そのものなのだが、泉美にその事を言う義理は無かったので、深雪は表面上の事だけを告げたのだった。

 

「深雪、周りが凍ってきてる」

 

「……はっ! ごめんなさい、雫」

 

「大丈夫。まだ問題ない」

 

 

 思い出して苛立った深雪は、無意識に魔法を発動しかけていた。それを雫が直前でツッコミを入れて、何とか宥めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高から少し離れた場所の喫茶店に入り、達也と摩利はコーヒーを注文した。その注文したコーヒーが運ばれてくるまで、達也も摩利も口を開くことは無かった。

 

「それで、わざわざ二回も会いに来た理由を教えてもらえますか」

 

「君の事だ、どうせ分かっているのだろう」

 

 

 運ばれてきたコーヒーを一口啜り、達也が切り出し摩利がそれをのらりくらりと躱した。達也としてはあまり摩利に時間を割きたくないのだが、切り出してもらわないと彼としても動きにくいのだ。

 

「七草先輩と市原先輩の事でしたら、俺がどうこう出来る問題ではありませんよ」

 

「それも確かにあるのだが、君に頼みたいことがあるんだよ、達也くん」

 

「渡辺先輩が俺に、ですか? 大学のレポートを手伝えと言われても俺には出来ませんよ」

 

「そんなことじゃない。まぁ、資料がどこに行ったか分からなくて困ってるのは確かだが」

 

 

 摩利が整理整頓が苦手なのは、風紀委員会本部の惨状を見れば誰でも容易に理解できたことだし、摩利自身も苦手だと自覚している。だからそんな事だろうと考えたのだが、どうやら摩利の用件は別にあったようだ。

 

「では?」

 

「実は……エリカの事でちょっと」

 

「エリカ?」

 

 

 摩利がエリカの兄である修次と付き合っているのは達也も知っていた。だが何故、今エリカの名前が出たのか、達也には理解出来なかった。

 

「あたしがシュウと付き合ってるのは知っているな?」

 

「ええ、千葉修次さんとは一度面識がありますし、一昨年の九校戦で、渡辺先輩と親しそうに話しているのをお見かけしましたし」

 

「そ、そうか……まぁ、君ならエリカの兄と言う事以外でもシュウの事を知っていそうだがな」

 

「『千葉の麒麟児』という異名は有名ですから」

 

 

 いつまでたっても本題を切り出してこない摩利に、達也は視線で先を促す。声に出して促しても踏ん切りがつかなそうだったので、無言のプレッシャーを掛ける事で摩利に本題に入るようにせっついたのだ。

 

「……実はな、修次と婚約したんだが、エリカの当たりがより強くなってな。そこで君にあたしと修次、そしてエリカの間を取り持ってもらえないかと思って」

 

「何故、俺が先輩たちとエリカの間を取り持たなければならないのでしょうか?」

 

「君はエリカと婚約するかもしれないだろ? そうなるとあたしとも少なからず縁が出来るわけだ。義理の兄の結婚の手助けを頼みたいんだよ」

 

「……エリカが何を言おうが、千葉修次さんは立派な大人です。妹の顔色を窺ってビクビクする必要は無いと思うのですが」

 

「それは確かにそうなのだが、エリカは剣術だけならあたしより上で、修次でも苦戦するほどなんだよ。特にここ数年でかなり伸びて、もうあたしではエリカに袋叩きにされるくらいに差が開いている。修次と戦っても互角じゃないかと思うくらいにだ。エリカが剣であたしたちに襲いかかってくるとは思えないが、出来れば穏便に話を進めたいんだ」

 

 

 摩利の懇願ともとれる頼みに、達也は少し考えてから返事をした。

 

「出来る限りは話してみますが、最終的には先輩たちが解決する問題だと思いますよ」

 

 

 それだけ言って、達也はレシートを持ってレジへ行き、摩利の分も払って喫茶店から出て行ってしまった。残された摩利は、とりあえず協力してもらえると言う事を理解し、ホッと息を漏らしたのだった。




千葉の麒麟児も形無しだな……

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