劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりに登場


パラサイト事件の黒幕

 USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊スターズの総隊長、アンジェリーナ・シリウスは、久々の休日をショッピングで満喫した。無論、戦略級魔法師アンジー・シリウスとしてではなく十七歳の少女、リーナとしてである。

 去年の日本における任務以来、リーナはシルヴィア・マーキュリー・ファースト、通称シルヴィとプライベートな時間を過ごしている。友人というには年齢が離れているが、シルヴィはリーナの事を手のかかる妹のように気に掛けていた。

 今日もリーナはシルヴィによって散々着せ替え人形にされたのだが、リーナもそれを嫌がってはいない。壊滅的にファッションセンスが無いリーナだが、着飾る事自体は好きなので、シルヴィの薦める服を次から次へと試着し楽しんだのだ。

 リーナは大量の戦利品を抱えて上機嫌で基地内の宿舎に戻った。だが彼女の浮かれ気分は、自室の端末に着信したメールを開いた途端に霧散した。

 

「特暗号メール!?」

 

 

 私室に任務絡みの暗号通信が届くのは、それほど珍しい事ではないが、スターズの隊長間、及び参謀本部とスターズの隊長、総隊長の間でのみ使われる特殊暗号を使った通信が私室に直接送られてくることは、今までなかった。何か余程の緊急事態だろうかと、焦りと緊張の中でデコード終了を待っていたリーナは、平文化されたメールを見て驚愕の呟きを漏らした。

 

「七賢人……?」

 

 

 一瞬悪戯かと思ったリーナだったが、メールを読み進めるにつれて、その考えは消え去った。

 

「えっ!? パラサイト事件の黒幕ですって!?」

 

 

 しかしメールの末尾近くになって、リーナに深く関わりのある情報が登場した。リーナが日本に派遣されたのは、二〇九五年十月三十一日に朝鮮半島南端で使用された戦略級魔法「グレート・ボム」(USNA軍におけるマテリアル・バーストの呼称)の使用者特定の為だった。しかしUSNA国内でパラサイトに取り憑かれたスターズ隊員が脱走兵として日本に潜伏したことが明らかになり、スターズ総隊長本来の任務としてその「処分」が彼女に命じられた。

 

「……パラサイト事件の黒幕が、盗んだ旧式ミサイルを使って日本でテロを起こそうとしている? 冗談でしょう!?」

 

 

 メールを読み終え、そこに掛かれていた事を理解した時、リーナは思わず叫んでいた。正体が定かではない相手からの情報なので、これが真実であるという保証は何処にもない。USNA軍のプロファイラーは「七賢人」のメンタリティについて、愉快犯的な気質があると分析していた。このメールが確かに「七賢人」からのものだとしても、手の込んだ悪戯で自分がからかわれている可能性は、リーナも理解していた。

 しかしリーナはこの情報を信じた。リーナはテロを阻止しなければと強く思った。ただ止めるのではなく、黒幕を自分の手で仕留めたかった。

 しかし「七賢人」から提供された情報によれば、黒幕「ジード・ヘイグ」は既にUSNAを脱出し日本に向かっている。一方、日本に限らずリーナが国外で活動する事は難しい。

 リーナは日本行きについて、唯一力になってくれそうな人物へ相談する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィジホンが着信音を鳴らしたのにも驚かず、バランスは落ち着いた仕草で受話ボタンを押した。

 

『大佐殿、突然失礼致します』

 

「シリウス少佐か。貴官は本日、休みではなかったのか?」

 

 

 リーナが制服をきっちりと着ていた事に、バランスは軽い意外感を覚えた。

 

「いや、詮無い事を言った。それで、私に何か用かね?」

 

『ハッ。実は大佐にご報告とお力添えを頂戴致したく』

 

「続け給え」

 

『ハッ。先ほど七賢人を名乗る者から暗号メールによる情報提供を受けました』

 

「七賢人というと、あの『七賢人』か?」

 

『発信人名はそうなっておりました。本物かどうかは分かりません』

 

 

 バランスは、リーナからの報告を聞きながら、リーナのような一般の軍隊社会から隔離された人間まで、兵器が盗難された噂を知っているなどと、軍紀の緩みが一部の例外ではないのだなと痛感していた。無論、それを表情に出すことは無く、リーナの報告を聞いていた。

 

『首謀者に関する言及がありました。氏名はジード・ヘイグ。大漢滅亡による政治難民で、中国名は顧傑。推定年齢は六十歳から九十歳。瞳は黒、髪は白、東アジア系でありながら黒い肌が特徴との事です。崑崙方院の生き残りではないかとの特記事項が添えられておりました』

 

「崑崙方院? あの四葉に壊滅させられた大漢の魔法研究機関の事か?」

 

『小官も同様に考えます。また、ジード・ヘイグはパラサイト事件の黒幕との事です』

 

「貴官が私に連絡をくれた理由はそれか……そう言えばシリウス少佐、君には日本で親しくなったという、司波兄妹がいたな」

 

『ハッ。親しいとまでは言いませんが、行動を共にしていたのは事実です』

 

 

 リーナは、何故バランスが司波兄妹の事を話題に出してきたのか、その理由が分からなかった。日本では大騒ぎになっている事だが、アメリカではまだ一部の人間にしか知らされていないのだ。

 

「その司波兄妹の兄の方、司波達也が四葉の次期当主に指名された」

 

『タツヤがでありますか!?』

 

「彼はグレート・ボムの使い手ではないかと疑われていたが、貴官でもその正体を掴むことは出来なかった相手だな」

 

『……彼は一筋縄ではいかない相手でしたので』

 

「報告ご苦労だった。一両日中には情報の真偽は確かめられるだろう。その後、貴官に新たな任務を与えるかもしれないので、心して待つように」

 

 

 バランスはリーナにそう告げて通信を切った。もし七賢人からもたらされた情報が確かで、日本にテロ行為を仕掛けようとしているのなら見過ごすわけには行かない。それがアメリカ軍から盗まれた兵器なら尚更である。

 バランスは、リーナが達也に恋心を抱いているのではないかと疑っており、もしそうなら、今回の任務に使えるかもしれないという、黒い考えを抱いていたのだった。




さて、リーナはどうしようかな……

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