二年A組では、朝から落ち着きのない少女が注目されていた。普段は表情が乏しい印象を受ける彼女が、そわそわとしているだけで注目を集めてしまうのだ。
「おはよう雫。何かあったのかしら?」
「おはよう深雪。ううん、何でもないよ」
「今日は雫の番ですものね。緊張しているんでしょ?」
深雪に指摘され、雫は自分が緊張している事を認めた。昨日はほのかが達也にお弁当を作ってきたので、今日は雫の番、明日はエイミィと公平になるように取り決めていたのだった。
「お兄様の評価は厳しいけど、雫なら大丈夫だと思うわよ」
「達也さんの基準は深雪だもんね。厳しくて当然だと思う」
「大丈夫だって。私のも問題なく食べてくれたんだから、雫のだって食べてくれるよ」
昨日達也にお弁当を作ってきたほのかの、励ましとも自虐ともとれる言葉に、雫は苦笑いを浮かべる。料理の腕はそう変わらないほのかと雫だが、深雪と比べるとどうしても自信が持てなくなってしまうのだ。
「おっはよー。今日は雫の番だねー」
「エイミィは緊張しないの?」
「緊張しても料理の腕が良くなるわけじゃないし、達也さんなら酷評はしないと思うから大丈夫だよ。美味しくなかったらはっきりと言ってくれるだろうし、改善点もはっきりするからいいんじゃないかなーって」
かなり前向きなエイミィの言葉に、雫も覚悟を決めた。確かに達也は、美味しくないときははっきり言ってくれるタイプだと雫も思っていた。だから緊張していたのだが、エイミィのように前向きに捉えれば、はっきり言ってくれることはむしろ美点になるのだ。
「雫、あまり気にし過ぎると、かえってお兄様が食べにくくなるでしょうから、あくまで自然体でね」
「うん、分かった」
今から緊張しても、午前の授業があるので解放されるのはそれ以降と言う事になる。雫もその事を理解して、緊張するのは達也にお弁当を渡してからにしようと考えなおしたのだった。
午前の最後の授業、E組は実習だったので、達也は美月とペアを組んだ。去年までならレオや幹比古、エリカといった面々がいたのだが、進級して魔工科に転籍したので、去年から同じクラスで親しいのは美月だけになってしまったのだ。
男同士なら十三束と組むのだが、今日は十三束は他の男子とペアを組んでいたので、達也は美月に話しかけたのだった。
「達也さん、やっぱり二学期とは比べ物にならないくらい凄い結果ですね」
「まだ完全に制御出来てないから、何とも言えないがな」
「いきなり凄い魔法力を手に入れたんですから、それは仕方ないですよ」
美月も昨日とは態度も変わり、元通りになっている。何がきっかけなのか達也は知らないが、美月はエリカに言われたことを自分の中で考え、その考えが正しいという結論に至ったのだった。
「来年は達也さんも一科に転籍するんですか?」
「俺は魔工科のままで良いと思ってるんだが、美月は俺が転籍した方が良いと思ってるのか?」
「そ、そんなこと無いですよ! 達也さんがいてくれれば、何かと安心できますし」
荒事が起こったとしても、達也がいれば何とかなると思えるだけの実績を、美月はすぐ近くで見てきたのだ。嫉妬するのも阿呆らしいくらいの力の差を見せつけられれば、達也と競おうなどと考える性格ではないのだ。
「美月は俺よりも幹比古の方が良いんじゃないのか?」
「な、何でここで吉田君の名前が」
「別に他意はない。美月は幹比古と親しいだろうし、頼るなら俺より幹比古の方が良いんじゃないかと思っただけだ」
達也は別に、誰が誰を好きという話題でからかおうなどという考えは持ち合わせていない。むしろ話題の中心に自分がいる事によって、そういった噂話に辟易しているくらいだった。美月も達也の性格は理解しているのだが、ついからかわれるのではないかと身構えてしまったのだが、あっさりと話題が終わった事で、美月の方がスッキリしない気分になってしまったのだった。
「達也さんが四葉の関係者だって知って、私は怖いと思ってしまいました。でも、エリカちゃんに怒られて分かったんです。達也さんが四葉の関係者だろうがなかろうが、友達だって事には変わらないんだって」
「俺が四葉だからって、何も変わらないんだがな」
「ですが、やっぱり構えてしまいますよ。他の十師族ならまだしも、四葉は色々と噂が絶えませんから」
悪名高い、と噂されるくらい、四葉という家は他所から見れば恐怖の対象なのだなと、達也は改めて思ったのだった。
午前の授業が終わり、達也は例によって生徒会室へと足を運んだ。そこには既に、深雪に雫、ほのかにエイミィにスバルといった、一科生の面子と、エリカが集まっていた。
「達也くんはここね」
いつもは深雪の隣に腰を下ろす達也だが、今日は雫の隣に腰を下ろした。エリカがそう仕向けたのだろう、深雪はイマイチ納得していない表情を浮かべている。
「達也さん、これ」
雫から手渡されたお弁当を一瞥し、達也はゆっくりと食べ始める。彼が食べている間、雫はかなり緊張した面持ちで達也を眺めていたが、彼は食べ終わるまで一切の感想を述べなかった。
「どうだった?」
「美味しかったぞ。何を緊張しているのか分からないくらいだ」
「だって、達也さんの基準は深雪でしょ? だから深雪と比べたら私の料理なんて……」
「別に比べる必要は無いだろう。深雪は俺の好みを知っているから有利なのには違わないが、雫やほのかだって十分に料理上手なんだ」
「ありがとうございます。でも、何時かは深雪を超えたいんです」
意気込むほのかの隣で、雫も力強く頷く。そんな二人を微笑ましいと思いながら、達也はピクシーが用意した食後のコーヒーを啜るのだった。
お嬢様だし、する機会あるのかな……