放課後になり、達也たちも生徒会の仕事を終え帰宅する頃になると、深雪が何かを思い出したようにそわそわしだした。
「深雪様、何か不安な事でも?」
その様子が気になった水波が、心配そうに深雪に尋ねる。だが深雪は笑顔を浮かべて水波の心配を無用なものだと告げた。
「大丈夫よ、水波ちゃん。ちょっと気になった事があっただけで、もう解決したから」
「そうですか……もし何かおありなのでしたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう。もし何かあった時はお願いするわね」
深雪の回答は、淀みなく不自然さを感じさせないものだったので、水波はそれ以上確認する事はしなかった。だが長年深雪の事を見てきた達也までは納得させる事は出来なかった。
「深雪、何がそんなに気になるんだ?」
「やはりお兄様の目は誤魔化せませんでしたか……」
深雪は、自分の悩み事が解決していない事をあっさりバラした。騙された形になった水波だったが、深雪が自分を騙したのは、それが自分の踏み込んでいい事ではないと解釈したのだった。
「実は昨日、リーナから電話があったのです」
「リーナから? また珍しい相手からだな」
「ええ……」
達也は深雪がリーナから聞いたであろう事を、真夜から伝え聞いているのだが、あえて知らないフリをして深雪に続きを促した。
「リーナがまた、日本に来るそうなのです」
「また何か事件か」
「いえ、そうではなくてですね……リーナはお兄様の婚約者候補として、九島家の推薦を得て日本に来るそうなのです」
「九島家の? まぁ、血縁だから問題は無いのかもしれないが」
「あの、達也様、深雪様……家の前に外国の方がお待ちですが」
二人の会話に割って入って良いものかと悩んだ水波だったが、目に入ってきた人物があまりにも目立ったのでついつい口を挿んでしまった。二人がその人物に視線を向けると、それぞれ別の反応を見せたのだった。
「ハイミユキ。昨日の電話ぶりね」
「リーナ……貴女、本当に来たのね」
「もちろんよ。タツヤも久しぶりね」
「君が簡単にアメリカから出られるとは思えないんだが……今度は何の任務だ?」
達也の鋭い視線に、リーナも一瞬たじろいだ。だが一瞬以上たじろかないだけの精神力を持ち合わせていたリーナは、すぐに笑みを浮かべて首を傾げる。
「任務? 何のことを言ってるのか分からないわね。ワタシはタツヤのお嫁さんになるために来たのよ」
「……とりあえず中で話そう。君も聞かれたくない事が多いからね」
リーナの韜晦に付き合う事はせずに、達也はリーナを家の中に案内する事にした。達也の言葉に真っ先に反応したのは水波で、来客とあらば急いで準備しなければとキッチンへ向かった。
その水波の姿に、リーナは彼女がどういった存在なのかが気になった。前にこの兄妹と会った時には、水波はいなかったので気になって当然と言えば当然なのだろう。
「タツヤ、あの子は?」
「桜井水波。四葉家で働いてる娘で、俺と深雪の監視だった子だ」
「監視? 二人とも、何かしたのかしら?」
四葉家次期当主である達也と、当主候補だった深雪を監視するなんて、リーナにはその理由が良くわからなかった。これが護衛だったのならすぐに納得出来たのだが、達也が監視と言うからには、間違いではなく本当に監視だったのだろうとリーナでもそのくらいはすぐに理解出来た。
「あまり踏み込んだ質問はしない方が良いわよ、リーナ」
「あら、どうしてかしら?」
達也が何かを答える前に、深雪がリーナの質問を遮った。リーナとしてはこれくらい答えてもらえると思っていたので、深雪が答えを遮ってきた事は、意外であり不思議だった。
「私たちが四葉の関係者だって事は、世間に発表されているからお兄様も正直に水波ちゃんの事を言ったけども、それ以上の事は世間にも、もちろん友達にだって話してないんだから。USNA軍のスパイかもしれないリーナに四葉の情報を簡単に教えられるわけないじゃない」
「疑り深いわね、ミユキは。ワタシが諜報活動が苦手だって事は、ミユキだって知ってるでしょ?」
「お兄様相手じゃ、殆どの人間が諜報活動下手になるわよ」
その深雪の返しに、リーナは納得したのだが、ふと気になった事があったので聞いてみる事にした。
「ミユキ、貴女何時までタツヤの事を『お兄様』と呼ぶのかしら? ワタシが聞いた話だと、兄妹ではなく従兄妹なのでしょう?」
「別に従兄の事を『お兄様』と呼んでも問題は無いはずよ? でも、外ではなるべく『達也さん』と呼ぶようにはしてるのだけどね」
「貴女も婚約者候補だって聞いてたから、てっきりラブラブしてるのかと思ってたけど、一年前とあまり変わってないのね」
「あたりまえでしょ? 慎みは大切なんだから」
白々しく答えた深雪に見えない角度で、リーナは顔を顰めさせた。彼女が記憶してる限り、深雪は学校でも達也に甘えまくってたのだ。
「リーナが日本に来た本当の理由は、テロリスト捜索の邪魔をさせないためだろ」
「な、何の話かしら?」
「とぼける必要は無い。崑崙方院の生き残りがUSNA軍から廃棄予定だった兵器を盗み出して、日本でテロを計画している事は既に知っている」
「……タツヤ、貴方もしかして『七賢人』なんじゃない?」
「俺は違う。だがリーナとは違う人物とつながりがあるだけだ」
レイモンドからリーナが情報を貰った事を、達也は真夜から聞いていた。だからリーナがどれだけ隠そうとしても、達也にはすべてを知られているのだった。
「降参……やっぱりタツヤって性格が悪いわね。知ってて問い詰めるようなオーラを出すんだから。でも、お嫁さん候補って話も、嘘じゃないからね? ちゃんと考えてちょうだいね」
ウインクでもしそうな勢いで達也を見つめるリーナに、深雪は嫉妬を覚え、達也は呆れたようにため息を吐いたのだった。
腹の探り合いで達也に勝てるはずがない……