劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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実に悩みどころなんですよね……


真夜の葛藤

 七草家に、四葉家の使いの者と名乗る壮年の紳士が訪ねてきたのを、真由美は不審に思っていた。師族会議が近い今、十師族の人間が他家を訪れるのは、余程の事が無い限りありえない事なのだから、真由美が不審に思っても仕方ないだろう。

 

「お姉ちゃん、怖い顔してどうかしたの?」

 

「香澄ちゃん、お姉さまは考え事をなさってるのですよ」

 

 

 自分の顔がそんなに怖かったのかと反省し、真由美は話しかけてきた双子の妹に視線を向けた。

 

「先ほどのお客さん、四葉家の人間だって名乗ってたのよ。師族会議が近い今、四葉家の人が七草家にどんな用事なのかが気になったのよ」

 

「普通にお姉さまが司波先輩の婚約者に正式に決まったとか、そのようなお話ではないのでしょうか」

 

「それだったら、私も書斎に呼ばれてると思うのよね。でも、今あの部屋にいるのはお父様とそのお客様の二人だけなの。使用人も近づけさせないほど厳重な雰囲気を醸し出してまで話す内容が、私と達也くんの事だとは思えないのよね」

 

 

 真由美が言ったように、書斎からは近づきがたい雰囲気が流れ出てきて、使用人もその部屋の前を通る時は早足になっているのに、泉美と香澄も気が付いた。

 

「後で教えてもらえるとは思うんだけど、あそこまで知られたくないという空気が流れてると、逆に知りたくなるのよね」

 

「お姉ちゃん、最近お父さんに反抗的過ぎじゃないかな……」

 

「仕方ありませんわよ、香澄ちゃん。お姉さまとお父様では、考え方が違うんですから。一学期の時の反魔法師運動の際に、それが決定的になってしまったのですよ」

 

「別にあれが原因、ってわけじゃないけどね。あのタヌキオヤジと私とじゃ、考え方が違うっていうのはその通りだけど。今だって、一条家の後押しをするフリをして、四葉から深雪さんを抜き取ろうと考えてるのが分かるのよね。だから嫌なのよ」

 

 

 同じ女として、真由美は深雪の気持ちが理解できると思っている。少なくとも弘一よりは、自分の方が深雪に近い感情を持っていると。

 

「せっかく深雪さんだって達也くんのお嫁さんになれるかもしれないのに、それを横から邪魔するように……」

 

「ですが、一条家の言い分も一理あると思うのですが。魔法師界の発展の為にも、内々で優秀な遺伝子を配合するのは、魔法師倫理に当てはめるとよろしくないのかと」

 

「でもさ、司波先輩が一条家に嫁ぐ理由にはならないと思うんだけどな。だって、兄妹じゃなく従兄妹なんだからさ、法律で認められている関係をとやかく言う権利は、誰にもないよね」

 

「香澄ちゃんの言う通りなのだけど、それで納得できないのが魔法師の駄目なところなのでしょうね。優秀な遺伝子を求めるのは仕方ないけど、相手が決まりそうなところに横槍を入れる事が正しいと思ってしまうのでしょうね」

 

 

 姉妹がそんなことを話していると、書斎の扉が開かれ、四葉の使者が弘一に一礼をして七草家から去っていった。何が話されていたのかを聞こうとした三人だったが、今は弘一の機嫌が悪そうだったので、また日を改めようと視線で話し合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青木からの報告を受けた真夜は、すぐにでも達也に連絡を入れたかった。だが青木が退室するまで、素の自分を出すわけにもいかなかったので、全ての報告が終わるまで猫を被っていた。

 

「以上でございます。何か不明な点はございましたでしょうか?」

 

「いえ、とても分かりやすかったわ。青木さん、ご苦労様です」

 

「勿体なきお言葉。件の魔法師は、後日七草家の人間が魔法協会関東支部に連れてくる予定となっております。そこで四葉家へと引き渡す段取りですので、当日は私が――」

 

「いえ、それは私と葉山さんでしますので、青木さんはもう大丈夫ですよ」

 

「畏まりました。それでは真夜様、私はこれで」

 

 

 一礼して書斎から出て行った青木の気配が遠ざかるのを待って、奥の部屋から葉山が姿を現した。

 

「奥様、何もご自身で迎えに行かなくても、達也殿か深雪様にお任せすればよかったのでは」

 

「四葉本家に連れてくるには、たっくんたちより私の方が早いからね。未だにたっくんに反抗的な使用人も少なくないみたいだし」

 

「次期当主殿に反抗的な態度をとるのは如何なものかと存じますが、何分達也殿は長い間使用人の中では四葉の人間ではないと思われていましたからな。青木などは特に、達也殿に不遜な態度を取り続けております」

 

「青木さんの給料、半年位減らそうかしら」

 

 

 真夜の呟きに、葉山は声を押し殺して笑い、すぐに何時もの執事の顔に戻った。

 

「件の魔法師――ミカエラ・ホンゴウを四葉家が引き取るにあたり、達也殿へのご報告はなさらないのでしょうか」

 

「だって、たっくんに知らせたらサプライズが出来ないじゃない」

 

「師族会議の期間、達也殿のお世話を任せるのですか?」

 

「たっくんが来たいって言ったらだけどね」

 

 

 基本的に、師族会議は十師族の当主のみが参加するものであり、次期当主の達也が会場に行っても、会議の内容を聞くことは出来ない。だから十中八九来ないと分かっている真夜は、ミアを別の方法で達也の世話係にするつもりだったのだ。

 

「水波ちゃんは、あくまでも深雪さんのガーディアン候補だもの。たっくんのお世話を任せるのは間違ってるわ」

 

「ですが、彼女はメイドでもありますので、達也殿のお世話を喜々としてしていると把握しておりますが」

 

「だからよ。このままだと水波ちゃんの感情が爆発して、たっくんに襲いかかるかもしれないから。だから早いうちに新しい家政婦をたっくんに付けるべきなの。水波ちゃんがたっくんのお嫁さんになりたいと、我慢出来なくなる前にね」

 

 

 同じ調整体でも、深雪と水波には大きな差がある。その事を理解しているからこそ、真夜は水波の気持ちが爆発する前に達也から遠ざけたいと考えていたのだった。それが水波の気持ちを蔑ろにする行為だとは理解していても、彼女の気持ちを尊重する事は出来ないのだ。

 そんな真夜の葛藤を、葉山は複雑な思いで見つめていた。同じ女性として、水波の気持ちを大切にしたいと思う反面、四葉家の次期当主に「普通の」調整体である水波を婚約者として認められないという葛藤。その解決策が見いだせない今、葉山に出来る事は無かったのだった。




水波が調整体でなければな……

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